第17話 早起きとストレッチ




 翌朝。リザエルが目を覚ますと、目の前に夏帆の顔があった。

 一瞬驚きはしたが、すぐに同じベッドで寝たことを思い出す。


 昨日一日で色んなことが起きた。深夜にナーゲル国を抜け出して、ミルドガティン国にやってきて、キースやガレッドに出会って、外の世界を知った。

 これから、もっとたくさんのことを知って、色んなものを目にしていくことになる。それが良いことでも、悪いことでも。


「……ん?」


 ふと、夏帆の目元に涙の痕を見つけた。

 何か悪い夢でも見ていたのか、それとも今でも夜に泣いているのか。リザエルはそっと彼女の頬を撫でた。

 負けず嫌いだと言っていたが、どんなに強がっていても心は疲弊している。


「貴女に祝福がありますように……」


 そう祈りを捧げ、彼女を起こさないようにベッドから出た。

 カーテンの隙間から外を見る。外はまだ日が昇り始めたばかりのようで、所々のお店で開店の準備をする音が聞こえてくる。

 人だけでなく街も目覚めていくような、そんな雰囲気を感じて自然と口角が上がる。


「早起きだね……」

「あ……ごめんなさい、起こしてしまったかしら」

「んーん……いつも朝練あったし、平気……」

「あされん……?」


 リザエルが知らない言葉に首を傾げると、夏帆は体を起こし、グッと上半身を伸ばしながら大きな欠伸をした。


「ふあ、あ……ほら、昨日話した部活……陸上の練習。基本的には授業が終わった後から部活があるんだけど、朝もやったりするんだよ」

「朝から運動? 大変じゃない?」

「いや、結構気持ちいいよ」


 そう言いながら、夏帆は軽く体を動かしてストレッチをした。ナーゲル国の城にいたときも体が鈍らないようにストレッチは欠かさずにやっていた。本当は走り込みもしたかったが、さすがにそれが出来る状況ではなかった。


「リザエルも一緒にやる? 今後のことを考えたら体力付けた方が良いんじゃない?」

「まぁ……そうですわね」


 リザエルも決して体力がないわけじゃない。毎日重たいドレスを着せられ、自然と体力は付いたし体幹も良い方だ。だが夏帆の言う通り、これから精霊の森を探したりすることを考えれば力は付けておいて損はない。


「それじゃあ、何か簡単に出来そうなものを教えてくれる?」

「お、いいね。じゃあ一緒に柔軟でもしようか」

「柔軟、ですか?」

「そう。まずは軽いやつから……リザ、胡坐ってやったことある?」

「あぐら?」

「足をこうやるの」

「まぁ、はしたない」

「言うと思った」


 それから二人はライリンが呼びに来るまで一緒にストレッチをした。



———

——



 朝食を済ませて外に出ると、キースが遣わせた兵士が既に待っていた。

 迎えが来るとは思っていなかったので、ドルワは待たせてすみませんと何度も頭を下げた。


「大丈夫ですよ、ちゃんと伝えていなかった王子のせいですから!」

「え……は、はぁ」


 笑いながら王子の文句を言える距離感に、リザエルは驚く。そんなことをナーゲル国でやったら首を刎ねられるかもしれない。

 未だにナーゲル国と他国とでの対応の違いに戸惑うことが多く、慣れないことばかり。そんなナーゲル国民の様子に、異世界から来た少女は笑いそうになるのを堪えていた。


「カホ、笑いたいなら笑ってやってください」

「いや、それは悪いかなって……」

「我慢される方が感じ悪いですよ」

「えへへ。だって親子揃ってあわあわしてるのがなんか可愛くってさぁ」


 申し訳なさそうにしながらも笑いが止まらない夏帆に、ドルワとライリンは少し恥ずかしそうに笑みを零した。


「恥ずかしいところを見せてしまったね」

「いえいえ、仕方ないですよ。パパさんたちは大変な思いをしてきたんですし。むしろ笑っちゃってごめんなさい」

「いいのよ、それだけこの国が良い国だってことだもの」


 すっかり仲良くなった夏帆と両親にのやり取りに、リザエルはやれやれと言うように肩をすくめた。

 あの国でのツラい日常を笑い話に出来るのであれば、それは幸せなことかもしれない。

 早くナーゲル国との問題を解決して、何の不安もなく心から笑える日が来るように、今はキースたちと協力しなければ。


 他愛ない話をしながら進んでいくと、城門の前で知った顔を見つけた。


「おはようございます、皆さん」

「ガレッド様。おはようございます」


 リザエルは片足を引き、慣れた手つきでスカートを軽く掴んで左右にふわりと広げて挨拶をした。しっかりと身に着いたカーテシーに、思わず目を奪われたガレッドだが、すぐに頭を上げるように言った。


「そ、そんな他国の姫君に頭を下げさせるなんて……」

「いえ、私はもう婚約破棄された身。ただの平民の娘ですわ」

「平民の貫禄じゃないけどね」


 乾いた笑いを零す夏帆に、両親も黙って頷いた。十年で立派な貴族の娘になったのだと、時の流れを感じずにはいられなかった。


「えっと、まずは国王のところに案内します」

「国王陛下に?」

「はい。昨日、キースが貴方達のことを報告して、ぜひお会いしたいと」

「そ、そんな……王に謁見すると分かっていればもっと綺麗な服を買ってきたのに……」


 戸惑う両親に、ガレッドは心配しなくて大丈夫ですよと宥める。


「王はそんなことを気にする人ではありませんから。むしろ……その、驚かないでくださいね?」


 そう言うガレッドの笑顔は引きつっていた。

 こんなにも立派な国の王に対して何を驚くことがあるのだろうか。リザエルたちは顔を見合わせ、首を傾げた。


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