第16話 家族と寂しさ
「リザ、カホさん」
「お母さん、おかえり」
買い物から戻ってきた母、ライリンが二人の部屋に荷物を持って入ってきた。
「お父さんは?」
「ガレッドさんとまだ話をしてるわよ。色々とこの国のこととか聞いておきたいみたい」
「そう」
「それより、二人とも着替えちゃいなさい。可愛い服、たくさん買ったのよ!」
ライリンが意気揚々と両手に持っていた紙袋をテーブルの上に乗せた。
今の服から着替えられるのであれば何でもいい。特にこだわりがないリザエルは、ボーッとしながら服を取り出していく母の様子を見ていた。
「うわ、かっわいい!! なにこれ、ちょーかわいい!」
「でしょう? カホさんにはこっちのスカートとか似合うと思うのよ」
「きゃー! 町娘スタイル可愛い! コスプレしてるみたいー!」
ライリンが買ってきた服を興味深そうに見ていく夏帆。
彼女のいた日本の一般的な服装とは異なる、他国の民族衣装にも似たロングのジャンパースカートや、可愛らしい刺繍の施されたワンピースなど、普段なら絶対に着ないタイプの服の数々に、夏帆のテンションは上がりまくりだった。
「ちょっとリザ、なにボーッとしてるの! こっちおいでよ」
「え、私?」
「そうよ、リザエル。貴女たちのために買ってきたんだから、着たいものを選んでちょうだい」
夏帆と母に手招きされ、小さくため息を吐いて二人の元へ歩み寄った。
城では与えられたドレスを身につけるだけで、自分で選ぶなんてことはしなかった。それが当たり前だったせいで、自分の好みなど考えたこともなかった。
十年間もそんな暮らしをしていたリザエルは、急に自由に選んでもいいとなってもただ困るだけだった。
「私、特に好みとかないのだけど……」
「あら。昔の貴女なら可愛いお花柄のスカートが良いって泣き叫んでいたこともあったわよ」
「ち、小さい頃の話じゃない……」
「ぷぷー! リザ、可愛いこと言うじゃーん。ほら、この花柄のスカート、似合うんじゃないの?」
「か、からかわないでよ……」
「リザは美人だし、なんでも似合いそうだよねぇ。こっちの青いスカートも良いなー」
「あら、こっちのチェックなんかどう?」
「さすがお母さま、娘のことをよく分かっていらっしゃる」
リザエルは二人のテンションに完全に置いてかれていた。
服一つでここまで盛り上がれることが羨ましいと思うが、そんなすぐに幼い頃のような感覚に戻ることは出来ない。
「……本当はね、いつかリザエルが帰ってきたときのためにって貴女の服を用意していたのよ」
「え……」
「さすがに持ってこれなかったけど……私もお父さんも、また貴女に会える日をずーっと待っていたのよ」
「お母さん……」
嬉しそうな笑顔を浮かべる母に、リザエルはきゅっと胸を掴まれたような感覚になった。
リザエルだって両親のことを忘れたことなんてなかった。死の間際に思ったのは両親のことだった。
「私も……二人に会いたかったよ。処刑が決まったときも、お父さんとお母さんの無事を祈ってた」
「リザ……貴女が生きていて本当に良かったわ」
子供の頃のように頭を撫でられ、リザエルは瞳に涙を浮かべた。
そんな二人の様子に、夏帆も泣き出しそうになるのをグッと堪えた。
それから二人は着替えを済ませ、大浴場で体を綺麗にしてから戻ってきたドルワと共に宿の中にある食堂で夕食を取った。
元々人懐っこい性格なのか、夏帆はすぐにリザエルの両親とも仲良くなり、傍から見れば本当の家族のように和気あいあいと話をしている。
ドルワやライリンからしても、夏帆はリザエルを救い出してくれた恩人。大切な子だ。
「ふぁー、お腹いっぱい! 美味しかったぁ!」
部屋に戻り、ベッドに飛び込んだ夏帆はポンポンとお腹を叩いた。
リザエルも自分のベッドに腰を下ろし、少し食べすぎて苦しくなったお腹を撫でた。
「城では何を食べていたの?」
「んー? なんか高級レストランのフルコースみたいなの出されたけど……慣れないものばかりだしマナーとか分からないし、なんか食べた気がしなかったかな。美味しいっちゃ美味しいんだけど、やっぱりご飯は皆でワイワイしながら食べた方が美味しいじゃん」
「……まぁ、その気持ちは分からなくもないわね」
「でしょ!」
「私も久しぶりにお喋りをしながらご飯を食べて楽しかったわ」
満足そうに微笑むリザエル。城にいたとき、食事はずっと一人だった。婚約者であるフレイと一緒に食事をしたことは一度だってない。
「リザのご両親、優しくていいね」
「ええ、二人とも昔と変わらないわ。カホのご両親はどんな人なの?」
「うち? 普通だよ。会社員のお父さんと、スーパーでパートしてるお母さん。あと三歳の妹がいるんだ」
「年が離れているのね」
「うん。雪穂って言うんだけど、いつもお姉ちゃんお姉ちゃんって甘えてきて可愛いんだぁ……」
家族を思い出して、夏帆は少し寂しげな表情を見せた。
いつ元の世界に帰れるか分からない。向こうの世界に戻ったとき、どれ程の月日が流れているのだろう。それとも、こちらの世界に来たときのままなのだろうか。
家族に忘れられたらどうしよう。家族を悲しませていたらどうしよう。
考えれば考えるほど、不安になる。
「……ねぇ、リザ」
「なに?」
「……今日、一緒に寝てもいい?」
「……ええ、良いわよ」
少しでも寂しさを埋めたかった。
夏帆はリザエルの隣に座り、ポンと彼女の肩に頭を乗せた。
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