◆話 ナーゲル国と王




「フレイ王子! 異世界の少女が部屋にいません!」

「何?」


 朝、いつものように目を覚まし、身支度を済ませている最中のこと。突然部屋に駆け込んできた兵士が、慌てた様子でそう告げた。

 フレイが急いで異世界の少女の部屋に行くと、そこには誰もいなかった。


「どういうことだ……ローズが勝手に逃げ出したのか?」


 逃げるはずがない。そう思っていた。思い込んでいた。

 フレイは走って玉座の間へ向かった。彼女がやってきてからひと月、そんな素振りはなかった。言葉も何も分からない少女は一人で何も出来ないと思い込んでいた。


「父上!」

「フレイか。話は聞いておる。今、城内を探させているところだ。あんな小娘がこの城から出られるとも思わん」

「しかし、もし城の外に出ていたら……」


 フレイが不安そうに言うが、国王は特に気にしていないのか平然としている。


「この国から出られるはずがないだろう。まぁあの娘は魔力を持っているくせに、全く魔力を感じない人間だから、探すのに苦労はするがな」


 この国は大きな壁で守られている。外から入れない、中から出られない。

 右も左も分からないような娘が一人で何を出来るというのか。国王は必死に逃げ惑う姿を想像して軽く笑い飛ばした。


「だ、だけど父上。あれは異世界から来た人間だろう。何か俺達も知らない力を持っている可能性だって……」

「それはない。過去にこの世界に来た人間全て、魔力を持っているだけで他の力は持っていなかった」

「そ、そうなのか……」


 国王の迷いない口調に、フレイは頷くしかなかった。

 フレイにとっても国王の発言は絶対だ。その言葉を疑うことなく、この世の真実だと、そう教わって生きてきた。


「しかし……若い娘だからと思って油断したな。足枷でも付けておくべきだった」

「でも、そんなことしたら婚約者だと言い張ることが出来ない。あの女……リザエルに嘘がバレてしまう」

「そうだな。あの女はどこか扱いにくいところがあったな。大人しく言うことは聞いていたが、反抗的な目をすることも多々あった。この城で長く暮らしているくせに、生意気な娘だ」

「もしローズが見つからなかったらどうするんだ? またリザエルを婚約者に戻すのか?」

「それも不自然だ。地下に閉じ込めたまま祈らせればいい。祈ることさえ出来れば、場所なんて関係ないからな」


 国王がふっ、と笑みを零すと、バタバタと急ぎ足で兵士が王子たちの前にやってきた。


「ご、ご報告を申し上げます!! 地下牢からリザエル様……いえ、リザエル・キャレットエイヴィーがいなくなりました!」

「何だって……!? ち、父上!」


 フレイが国王の方を向くと、さすがの事態に国王も驚いた顔をしていた。

 リザエルこそ、逃げ出すとこはないと確信していた。そんなことをすれば自分の両親に何をされるか分からない娘ではないと思っていたからだ。


「全兵士に城だけでなく国内全てを捜させろ! もしかしたら異世界の少女と共にいる可能性もある。殺さない程度であれば多少痛めつけても構わぬ」

「は、はっ!」


 兵士は頭を下げ、玉座の間から走り去っていった。

 国王はイラついているのか、肘置きに手を置いて指差をトントンとさせた。


「あの娘、異世界の少女の力に気付いて逃げ出したのか……?」

「それは、リザエルがローズを攫ったと?」

「あの娘の魔法があれば、言語の共有も出来るだろう。死が怖くて逃げ出したか……そんなものに執着するとは思わなかったが……聖女と言えど神の元に帰るのは嫌だったか」

「ローズが我々の目的を知ったら、もう言いなりにならないのでは……」

「死なないように拘束でもしておけば問題ない。やはり婚約者なんてものにせず、最初から侵入者として縛り上げておけばよかったか……」

「だが、それは昔からの仕来りなのだと父上が……」

「あの力さえ手に入ればどうでもいい」


 国王は深くため息を吐き、背もたれに体を預けた。

 面倒なことになってしまった。異世界の少女だけでなくギフト持ちの聖女まで逃がしたとなれば、ただの人捜しでは済まない。

 相手は祝福の加護を持った聖女だ。神に愛された彼女がそれを望めば、この国から出ていくことも可能だろう。

 今まではリザエルがそんなことを願うことはないと思っていたから油断していた。


「あの娘の親も捕まえておけ。両親の首を晒しておけば嫌でも出てくるだろう」

「父上。もし、この国から抜け出していたら……どうするんだ?」

「……そうだな、そうなったら国外に出て探させるまでだ」

「だ、だけど外には魔物とかいう化け物がいるんだろう? この国の人間はそんな化け物と戦ったことはないんだ……大丈夫なのか……?」

「そんなことを心配しているのか。問題はない、訓練はしてあるのだから、そう簡単に負けはしない」

「父上がそう言うなら……」


 フレイはまだ不安そうな表情をしているが、父の言葉を受け入れた。


「……そんなことより、あの娘だ。他の国に逃げられたとなると面倒だな、あれとは相性が悪いというのに……」

「父上?」

「いや、何でもない」


 国王は小さく首を振った。

 早く見つけなければ。異世界の少女のこと、ナーゲル国のことをよその国に知られる訳にはいかない。

 この国の秘密を知られれば、戦争は不回避だろう。





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