第15話 不安と気持ち




 今出来る手続きを済ませ、リザエルたちは近くの宿へと案内してもらった。


「明日、城においで。話の続きをしよう」


 キースはそう言って、軽快な足取りでどこかへと去って行った。

 なんと言うか、悪い人でないことは分かるが、どこか掴み所のない人だとリザエルは彼の後ろ姿を見送りながら思った。


 役所から歩くこと数分の距離にある宿屋に案内され、チェックインなどの手続きはガレッドが済ませてくれた。

 部屋は両親と、リザエルと夏帆の二部屋。

 子供たちは部屋で休むように言い、両親はガレッドに案内役を頼み、宝石を換金出来る場所と服屋に向かった。

 さすがにリザエルと夏帆の格好は街中をウロつくと目立つ。特にリザエルは容姿の美しさも相まって、そのボロボロの服とのアンバランスさが人目を引く。


「ふぅ……さすがに疲れたね」

「そうね」


 二人はローブを脱ぎ、ベッドに腰を下ろした。

 やっと安心して一息つける。いつナーゲル国の追っ手がやってくるか分からないが、今まで自国に引き篭っていた者たちがそう簡単に外に出てくるとは思えない。

 それにリザエルが知る限り、王族の者に索敵に適した魔法を持っているものはいない。公表された魔法が偽りでなければの話だが。


「はー……なんか、落ち着く……」

「お疲れ様」

「リザもね。お互いに生きてて何よりだよ」

「本当に、そうね……でも、貴女にはこの世界の事情に巻き込んでしまって、申し訳ないわ」

「あー、うん。早く帰りたいって気持ちはあるけど、異世界に来るなんて夢みたいな経験、もう二度と出来ないだろうから、しっかり満喫させてもらうよ」

「……貴女、どうしてそんな笑っていられるの? 怖くない?」


 リザエルがそう聞くと、夏帆は少し上を見上げて小さく「うーん」と呟いた。

 普通なら発狂しててもおかしくない。もっと泣き喚いてもいいのに、彼女は笑ってる。

 フレイのそばにいたときはずっと泣きそうな顔をしていたのに、何故なのか。


「そりゃあ、不安だし怖いし、帰れるなら帰りたいよ。あの国に来てから自分の言葉は通じないし、周りが何を言ってるのか全然分からないし、王子様は勝手に肩を抱いてくるし乱暴だし痛いし……」

「あの人は昔からそうなのよ」

「なんかメイドみたいな人がお世話してくれたから、どうにか身振り手振りで言葉を教えてくれるように頼んだの。でも全然分かんなかったよ。だから絵を描いて、この動作をなんて言うのか、みたいな感じで少しずつ覚えていったの」


 なるほど、とリザエルは頷いた。あの拙い言葉はそうやって必死に習得したものだったことを知り、彼女なりにあの場から逃げる方法を探していたのかもしれない。


「私を貴女に近付けなかったのは言葉を覚えさせないためだと思うわ。夏帆の力を都合よく使えるように」

「マジで最悪。私は初めてリザを見たとき、すっごく綺麗な人だなって思って、本当はもっと早く話をしてみたかったんだよ。あの王子の妹か姉なのかなーって。それにしては似てないなって。まさか婚約者とはね」

「ふふ、今は貴女も彼の婚約者よ」

「やだやだ、やーだ! 私にだって理想があるの。顔だけ良くても性格があれじゃダメ。モラハラ男だよ、あんなの」


 夏帆は心底嫌そうな顔をしてベッドに横たわった。


「……まぁ、無我夢中だったのもあるし、ここに来たときはそりゃあワンワン泣いてたけどさ、基本的に私って負けず嫌いなんだよね」

「負けず嫌い?」

「そ。あの王子の言いなりになるなんて絶対に嫌だと思ったの。だから内緒で言葉を覚えようとしたし、リザに会いに行った。リザはあの城の中で一番信用できると思ったの」

「どうして?」

「あの城で出会った人の中で唯一王子様に対して嫌そうな顔してたから」


 顔に出さないようにしていたはずなのに。リザエルは両手で自分の頬に触れた。

 ずっと感情を押し殺して生活してきたはずだったのに、ポーカーフェイスには自信があったのに、彼女はそれを見破ったと言うのか。リザエルは少し驚いた。


「初めて会ったとき、あの池? 噴水?」

「女神の泉です」

「それ、それの前で王子と一緒にいたでしょ。あのとき、興奮してベラベラなんか喋ってた王子にドン引きしてたでしょ。あんな風に顔に出てた人はリザだけだったよ」

「あー……あのとき、ですか……」


 リザエルはその時のことを思い返した。

 確かに泉の前に突然現れた少女に対してとんでもなく興奮して喋り続けていたフレイに引いていた。

 まさかそれが顔に出ていたとは不覚だった。もしそれをフレイに気付かれていたら面倒なことになっていたかもしれない。


「後にも先にも、王子のやることなすこと全てに嫌そうな顔したのはリザだけだった。みんな盲目的に王子に媚び売ってるみたいな感じで気持ち悪かったよ。ある意味で言葉が通じなくて良かったかも」

「あの国で王族は絶対。王子の話すこと全てが正義、そんなところでしたからね」

「マジで宗教だね。私には無理だ。まぁ、そんな感じで私はいつか絶対にリザと話をしようと思ったの。貴女なら助けてくれるかもって、ちょっとした希望があったから自分を保てた、みたいな?」

「……そうだったの」

「実際にリザは助けてくれた。だから今はそれほど怖くないよ。リザもリザの両親も、キース王子やガレッドさんも優しいから」


 そう言いながら笑ってみせる夏帆に、リザエルも微笑み返した。

 助けてもらったのはリザエルの方も同じだ。彼女のおかげで今、生きている。

 いま、やっと自分を取り戻すことが出来たのだ。



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