第12話 国と闇
「……まず、亡命しにきたと言っていたが……貴方達はどこから来たんだい?」
嘘を言っても追手が来たらバレてしまう。
ナーゲル国に関する情報は一切漏れていないはず。異世界の少女に関することやリザエルの立場などはボカすとして、それ以外のことは素直に話しても良いだろう。
リザエルはドルワに向かって小さく頷いてみせた。王族に関わることを伏せて話すのであれば、父親であるドルワに任せるのが自然だ。
「我々は……ここより南にあるナーゲル国から来ました」
「ナーゲル……!? あの国から出てこられたんですか?」
やはり驚かれたかと、リザエルは予想通りのリアクションに苦笑した。情報屋以外に国に侵入できる者はいない。国内から出られる者もいない。そんな閉鎖された国から逃げてきたのだから、キースの反応は同然だ。
「そうか……それで追手が来るかもしれないと……噂には聞いていたが、相当厳しい国みたいだね」
「噂、ですか」
「ええ。ナーゲル国が今のような閉鎖国家になる前のことですが、当時の王は余所者にかなり厳しかったとか、悪弱非道を繰り返したせいで他国の物も寄り付かなくなって、次第にああいう形になっていったとか……」
「そうなんですか……中で暮らしていた私達には外の国の普通が分からないもので、王の傍若無人なのが当たり前だと思っていました……ですが、娘がツラい思いをするのが耐えられなくなり、あの国を出ることに決めたのです」
嘘は言っていない。ドルワは本心で話している。
そんな父の思いに、キースはそっと肩に手を置いた。
「話してくれてありがとうございます。でも、そうか……ナーゲル国、か……」
キースは何か考えるように顎に手を添えた。
あの国に関して何か知っていることでもあるのだろうか。リザエルは彼が話し出すのをじっと待った。
「…………なんか、最近、変わったこととか、あったかな?」
それは問い詰めるような言い方ではなく、ただ疑問に思ったことを口にしただけのような言葉だった。
変わったことは、ある。だがそれを言っても良いのだろうか。キースを覗く、その場にいた人間が一斉に顔を見合わせた。
「例えば、ひと月前……国の中で何か大きなことがあったりは?」
ひと月前。まさに夏帆がこの世界に来たときだ。
国内で、それも結界の中にいた皆には外で何が起きたかなんて一切分からない。
「それは、どういう意味ですか?」
ライリンが困ったような笑みで聞いた。
こちらもどこまで話していいのかが分からない。まだ外の世界に関しては分からないことが多く、慎重にならざるを得ない。
「うーん……あのね、昔からあの国はちょっと変な気が漂っててさ……それもあって近付きたくなかったんだけど……」
「変とは?」
「メッチャ変だったよ。国の周りは異常なほど何の気配もないのに、その下から不気味な雰囲気がしてる」
リザエルの問いにキースはハッキリと答えた。
国の周りに何に気配がないのは結界が張ってあるからだと思うが、地面から感じる気配に関しては分からない。その地に生まれたときからずっと暮らしているからだろうか。
「…………そういえば、外に出た瞬間、空気が気持ちいいと感じたな……」
「言われてみれば、確かにそうね……あの国にいる時はずっと空気が籠っているように感じていたけど……単純に夜中だから空気が冷たくてそう感じたのかなって……」
両親の言葉に、リザエルも外に出た時のことを思い返した。
あの時は凍えそうな寒さの中にいたこと、初めて外に出られたこと、十年ぶりに両親に会えたことなど、色んなことがあってゆっくりと落ち着いている時間もなかった。
だけど、確かにあの国にいたときと今とでは感じる空気が違うような気がする。単純にミルドカディン国の明るい雰囲気がそう感じさせているだけだと思ったが、違うのかもしれない。
「それに、ひと月前からモンスターが活発化しているんだ。それで城の騎士隊やガレッドたち冒険者たち周囲の捜査やモンスターの討伐を頼んでいたんだけど……」
「じゃあガレッド様たちのあの怪我も?」
「ああ。ガレッドたちはこの国でも上位クラスの冒険者なんだよ。聞いた?」
「えっと、この国のギルド……? というもののリーダーとお聞きしましたわ」
「そう。ギルドと言っても色々と種類があって、ガレッドたちは冒険者ギルドのリーダーなんだ。まぁ、簡単に言えば、一つの職業が集まる組合、かな」
「なるほど……」
「で、まぁガレッドはこの大陸内でもかなり強い戦士なんだよ。それがあんなボロボロにされちゃうなんてね……」
街道の途中で出会ったときの彼らを思い出し、リザエルは改めて魔物の恐ろしさを感じていた。
見た目もその凶暴さも分からない。だが、キースにここまで言わせる強者の戦士にあれほどの傷を負わせるなんて想像しただけで震えてくる。
「その様子だとモンスターのことも知らないみたいだね」
「……ええ。あの国に魔物なんて現れませんでした」
「それほどあの壁が丈夫ってことか。でも上空は? ドラゴンとか空を飛ぶモンスターもいるでしょ」
「いえ、全く。私は、いえ両親も含めて私たちは魔物なんてものの姿かたちを知らないのです」
「……信じられないな。本当に、あの国は変な国だね……」
ナーゲル国が鎖国していたのは魔物を恐れてのことなのか。異世界の少女と言う存在を利用してまで結界を強固にしたかったのか。
いや、そんな理由ではきっとないだろう。リザエルはそこまで考えて首を横に振った。
何かある。外に出たことで、あの国の隠している何かが見えてくるような、そんな気がした。
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