第13話 優しさと誠意



 コンコン、とドアがノックされ、キースがそれに応えた。

 どうぞ、という声の後にゆっくりとドアを開けて入ってきたのは、話の中にも名前が出てきたガレッドだった。


「失礼します」

「やぁ。もう怪我は良いのか?」

「うん、俺は比較的軽傷だったからね。他の皆はまだ病院」


 そう言いながら、ガレッドは部屋の隅に置いてあった椅子を手に取り、キースの隣に置いて腰を下ろした。


「改めて、さっきはありがとうございました。俺はこの国の冒険者ギルド、エールのリーダー、ガレッド・クードルです」


 ガレッドが手を差し出し、ドルワが代表して彼の握手を受け入れた。

 簡単な自己紹介だけ済まし、さっき話した内容をそのまま彼に伝えると、ガレッドもキース同様に驚いた顔をした。


「そっか……君たちはあの国の……実は、俺たちはあの国の近く……グゼの森でモンスターと戦っていたんだ」

「グゼの森……ですか。すみません、私たちは国外のことは本当に知らなくて……」

「いえ。でも、あんな近くにあるのにナーゲル国は全く気付かないなんて……」


 ガレッドは腕を組んで、うーんと考え込んだ。

 外の世界は自分たちが思っている以上に深刻なのかもしれない。自分らが無事だったのは結界のおかげでもあるが、それがなくなったらあの国も魔物の被害に遭うのだろうか。

 王族がどうなろうと気にしないが、無関係な国民がそれに巻き込まれるのは嫌だ。リザエルは自分が逃げ出してきたことに罪悪感を感じていた。

 あの国の人達は、戦ったことがない。戦える人がいない。ある意味で、王のおかげで守られていたと考えられる。何も知らないままなら、あの状況でも幸せだったのかもしれない。


 リザエルは一時の感情で飛び出してきたことに不安を覚えた。


「……リザ?」


 彼女の震えに気付いたのは隣にいた夏帆だった。

 急に顔を真っ青にして、額から汗を流している。


「どうしたの、リザ……」

「わ、私……あのまま国にいた方が良かったのかしら……」

「え、何言って……」

「だ、だって……加護がなくなったら、結界が維持できなくなったら……真っ先に被害に遭うのは国民なのよ……私、王子のことばかり考えて、外のことなんて視野になかった……」

「そ、それは……でも、出たいってお願いしたのは私だし……どっちにしても、あのままだったらリザが死んでたんだよ? 私、そっちの方が嫌だよ、自分のせいでリザが死んでたかもしれないって思ったら、あ……後味悪いじゃん……」


 リザエルの口にしたことを理解できた両親は顔を伏せて複雑な表情を浮かべるが、彼女の言ってることが分からないキースとガレッドはその話が気になった。

 今まで謎に包まれていた国の真実を知ることが出来るかもしれない。今、この世界で起きている異変を解決できる糸口を掴むことが出来るかもしれない。


「リザさん……でしたよね」


 先に口を開いたのはガレッドだった。

 椅子から立ち上がり、リザエルの前でそっと膝を付いて彼女の顔を覗き込む。今にも泣き出しそうなリザエルに、優しく、落ち着くような柔らかい口調で話し出す。


「俺たちは今起きてる異変を解決したと思ってます。それはこの国だけでなく、この大陸の人達を守るためです。ナーゲル国の人達が危ないのであれば、俺たちは助けに行きたいと思ってます。俺は今でこそ自由に動ける冒険者なんてやってますが、元々は城に使える騎士だったんですよ。だから、腕には自信があります」

「騎士、だったのですか?」

「ええ。だから、何か知ってることがあったら話してほしいんです。言いにくいことであれば、いま話せる範囲だけでもいいんです」


 ナーゲル国だけの問題ではなくなってきた。

 外を知らない自分には分からないことが多すぎるし、他国を巻き込むとかそれ以前の問題が目の前に立ち塞がっている。それはリザエルにも分かっている。

 だが、事実を知る者は少ない方が良い。夏帆の力は、それほど強力なものだ。

 それに、本来の目的である夏帆を元の世界に帰す方法。精霊の森を探すことも女二人で闇雲に旅をしていくより、この世界のことを自分らよりずっと多くを知ってる冒険者に助力を願う方が早い。

 そして何より、正体のよく分からない自分達に真っ直ぐ向き合ってくれた彼らに誠意を持って応えたい。


「……分かりました。では、私の知る限りのことをお話します」


 リザエルは隣に座る夏帆を見て、小さく頷いた。

 夏帆も彼女が何を言いたいのか察し、こくんと頷く。


「私は、リザエル・キャレットエイヴィー。ナーゲル国第一王子、フレイ・ナーゲルの婚約者でした」


 リザエルが名乗り、二人はずっと被り続けていたフードを取った。

 白銀の髪と黒い髪。対照的な色をした二人の髪色に、キースとガレッドは一瞬息を飲んだ。


「まず、キース王子が仰っていたひと月前のことから説明します。ひと月前、我が国では大きな出来事がありました。それが、彼女……カホが異世界からやってきたことです」

「い、異世界!?」


 予想もしていなかった言葉に、キースは思わず声が裏返ってしまった。

 だが、ナーゲル国内だけでなく、どの国、どの種族にも黒い髪と黒い瞳を持つ者はいない。様々な人たちを見てきたのだから、それは間違いない。


「はい。我が国では百年前にも彼女のように異世界から少女がやってきたことがあったそうで、その彼女の力を借りて国全体に結界を張ったそうなんです。そして、それを代々神よりギフトを授かった聖女が守ってきました」

「……じゃあ、君がその聖女なんだね? だから運が良いって……」

「ええ、その通りです」


 納得した、と言うようにガレッドは小さく息を零した。

 あの街道には下級のモンスターがよくうろついているのに、リザエルと会ってからは一匹も姿すら見ていない。おかしいと思っていたが、まさか偶然出会ったのが聖女だったなんて夢にも思うまい。


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