第10話 青年と王子




 最初に案内するように指示された兵士に断りを入れ、キースがリザエルたちを案内することになった。

 彼は楽しそうに道案内をしながら役所へと向かう。

 そんなキースの後ろに付いていきながら、初めて見る他国の街並みをキョロキョロと見回した。


「……活気で溢れているな……店も充実している」

「本当に……凄いわ……」


 両親は開いた口が塞がらないまま、賑わう街の様子に溜息を零していた。

 ナーゲル国の街はどこを見ても寂し気で、皆が生きていくだけでやっとの生活を送っていた。贅沢できるのは一部の貴族だけ。

 城で暮らしていたリザエルは比較的良い暮らしをさせてもらっていたが、それはあくまで王子の婚約者にみすぼらしい格好をされては困るから。ただそれだけの理由だ。


「ねぇ、リザ」

「なに?」


 コソコソと夏帆がリザエルに話しかけてきた。


「あの人……なんか怪しくない?」

「怪しい、とは?」


 どこか変なところがあっただろうか。隣を歩く夏帆に顔を向けたまま、リザエルはチラッとキースのことを見た。

 確かに彼が何者なのか分からない。警戒しておくに越したことはない。

 だが、彼女の言う怪しいは、少し違った意味が込められていたようだ。


「だってさ、あんなに綺麗でしょ。それにさっきも兵士の人達に普通にタメ口だったし、あのガレッドって人とも仲良さそうだったじゃん」

「そうね。どこかの貴族とかかしら」

「いーや、この展開は絶対に普通の貴族様では終わらないね。その手のマンガを散々読んできた私には分かるよ」

「貴女はたまによく分からない言葉を使うわね……」

「あの人、絶対にこの国の王子様とかだよ」

「は?」


 リザエルは思わず気の抜けた声を出してしまった。

 そんな訳がない。リザエルはゆっくりと首を振った。王子ともあろう人があんな軽装で街に出てくるわけがない。リザエルにとって王子のイメージはフレイだ。国によって多少の違いはあるかもしれない。あそこまで横暴な性格をした人間もそうはいないと思うが、少なくとも街の中を歩き回ったりしないはず。


「そんな訳ないじゃない。貴女の世界の王子様がどうかは知らないけど……」

「えー、可能性は低くないと思うよ? 何となくリザと似たような雰囲気だし」

「あり得ないわ。ガレッド様とお友達のようでしたし、彼も冒険者とかではなくて?」

「ないない。私の第六感がそう言ってる。あれは間違いなく王子の顔だよ。絶対にそう、王子様だって」

「絶対に違います」

「違くない!」

「違います!」

「あのぉ」


 小声で話していたつもりが、段々と声がデカくなってしまった。

 二人の話し声が聞こえたキースは、申し訳なさそうな顔で足を止めてヘラヘラと緩い笑みを浮かべている。


「なんで分かっちゃったのかなぁ」

「え!?」

「やっぱり王子様なんだ!?」

「う、うそ……」


 予想が当たった夏帆はガッツポーズを、外れたリザエルは信じられないという表情をしている。

 対照的な反応をする二人に、キースは我慢できず吹き出すように笑い出した。


「アハハ!! 面白いね、君達!」

「あ、あの……本当にこの国の王子様、なのですか?」


 ライリンが恐る恐るキースに声を掛けた。

 キースはニコっと笑みを浮かべ、大きく頷いてみせた。


「そ。僕はキャニヴァース・ミルドカディン。この国の王子様。キースって呼んでくれると嬉しいな」

「も、申し訳ありません! 知らなかったこととはいえ、無礼な態度を……」


 慌てて地面に膝を付こうとした両親に、キースは笑顔のまま肩にポンと手を置いた。


「そんなことしなくていいよ。貴方達はこれからこの国の民になるんだ。そしたら僕の家族も同然。家族に平伏す必要なんかないだろう?」

「し、しかし……」

「いーのいーの。それがこの国の普通なんだから」


 確かに、さっきから通り過ぎていった街の人達はキースに対して頭を下げるようなことはしていない。笑顔で挨拶を交わしている。

 ナーゲル国ではあり得ない光景だ。こんなにも民に対して親しみを持って接することが出来る王族がいたなんて。

 驚いたまま固まっているリザエルに、夏帆は目の前で手を振った。


「大丈夫?」

「…………」

「駄目だ、キャパオーバーしちゃった」


 呆けている娘の気持ちもよく分かるが、大人として対応しなくてはいけない。ドルワは平伏すのを止めて頭だけ下げた。


「…………キ、キース王子の寛大なお心に感謝します」

「この国は元々難民たちの集まりで出来た国なんだって。だから色んな国、色んな種族の人達が集まってる。その中でリーダーだった僕の先祖が王って形になって皆をまとめて、少しずつ大きくなった。そういうちょっと変わった国なんだよ」

「そうなのですか……だからみんな、仲が良いんですね」


 ドルワは改めて周囲に目を向けた。

 誰もが笑顔で、楽しそうに過ごしている。こんな国で暮らすことが出来たら、どれほど幸せだろうか。

 そう思うのと同時に、自分たちがここにいても良いのかと迷いが生まれてしまう。

 他国に一歩踏み入れただけ分かる、あの国の異常性。もしあの国がこの国に迫ってきたら、無関係な人たちを巻き込んでしまう。

 それだけは避けなければいけない。


「……リザ」

「…………」

「リザ、リザ? いつまで呆けているんだ」

「ハッ!」


 ドルワに肩を揺らされ、ようやく正気に戻ったリザエル。

 恥ずかしいところを見せたと少し顔を赤らめながら、「ごめんなさい」と小さな声で言った。


「とにかく、ササッと役所に行こう。もうすぐだから」

「王子、その前にお話があるのですが……」


 再び歩き出そうとしたキースをドルワは呼び止めた。



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