第9話 冒険者と青年



 ゆっくり、慎重に人影の見える方へと進んでいくと、数人の男女が傷ついて倒れていた。

 雰囲気からして危険な様子はない。むしろこっちが心配になる状況だった。


「あの、大丈夫ですか?」


 なるべく平然を装いながら、ライリンが彼らに声を掛けた。

 急に話しかけられて最初は向こうも警戒していたが、ただの家族連れだと思ったのか気を緩めた。


「ああ……俺たちは冒険者なんだが、急にA級モンスターが現れてな……どうにかここまで逃げてきたところなんだ」

「モンスター……魔物が現れたのかい? 怪我も酷い……君たちはこれからどこに向かう予定なんだ?」

「ここから近いミルドカディン国でとりあえず宿を取ろうかと思って……だが、しばらく動けそうにない……そうだ、もし良かったら誰か人を呼んでもらえないか? ギルドに行って救助を呼んでもらえれば……」


 ドルワは困った様子でライリンの顔を見た。助けを呼んできてほしい、というのは理解できたがギルドと言うものが何なのか分からない。


「……お父さん」

「リザエル?」

「ここに置いていくより、一緒に連れて行った方が良いわ。ここ、魔物が現れるんでしょう?」


 リザエルがそう聞くと、冒険者の男が頷いた。


「ああ……だが、仲間を置いてはいけない。俺はまだ動けるが、他の皆はもう一歩も動けない状態なんだ」

「そう……だったら私たちも手伝うから、一緒に行きましょう」

「だ、だが、こんな状況でモンスターに襲われたら……」

「平気よ。私、運が良いんです」

「う、運?」

「それに、父ならそこの男性二人くらいなら担いでいけますから」


 男はリザエルの隣に立つドルワを見た。確かに彼なら余裕だろう。元々のガタイの良さと畑仕事で鍛えた体力がある。


「……わかった。君の提案を飲もう。早く仲間を医者に診せられるなら、そっちの方が良い」

「ええ。それじゃあ、お父さん」

「ああ」


 冒険者と言う彼らは男三人の女二人の五人組。

 動けない男二人をドルワに任せ、残りの女性はライリンに一人おぶってもらい、もう一人はリザエルと夏帆で肩を支えながらミルドカディン国へと向かった。



———

——


 一時間ほど歩くと、大きな門が見えてきた。

 ナーゲル国に比べて低い塀に囲われていて、門番の兵士たちは怪我人を見ると急いで駆け付け、医者の元へと運んでいってくれた。


「本当に助かった。あとできちんと礼がしたんだが……」

「いや、無事に辿り着けて良かったよ。君も早く医者に診てもらいなさい」

「ありがとうございます。あの、貴方達はこれからどこに? 旅人、ではないですよね……家族で冒険者って訳でもなさそうだし……この国に何か用事があったんですか?」


 冒険者の男は四人をジッと見た。

 少女二人はローブで顔を隠し、そのうちの一人はボロボロの格好をしている。両親も急いで出てきたために荷物は少ない。これで旅人を言い張ることは出来ない。どこからどう見ても訳アリだ。


「……実は私達、他の国から亡命しに来たんです。ここで事情を説明することは出来ないのですが、手続きが出来る場所を教えていただけませんか?」

「亡命……それは大変でしたね。だったら、役所に行くと良いですよ。ああ、ガレッドに紹介されたって言えばスムーズにいくと思います」

「ガレッド?」

「俺の名前です。ガレッド・ヴァイスデンズ。この国を拠点に冒険者をしてるギルドのリーダーでもあります」


 リザエルは驚いた。そして自身の祝福の加護に感謝した。

 彼はこの国で有名な冒険者だった。その彼に貸しを作れたのは大きいかもしれない。

 冒険者、ガレッドは兵士に声を掛けてリザエルたちを役所へ連れて行くようにお願いしてくれた。


「俺も手当てを受けたら顔を出すので……」

「ガレッドオオオオオオオオオオオオ!!」


 ガレッドの言葉を遮るように、何者かが彼に向かって正面から体当たりをしてきた。

 リザエルは風のように自分の横を過ぎ去った何か。今ガレッドの上に覆い被さっている薄い青色の髪をした青年をジッと見た。一体何者なのだろうか。相手は怪我人だというのに、さっきからワンワンと泣き喚いている。


「お、おい……また街に出てきて……何してるんだよ……」

「君が怪我をしたと聞いて文字通り飛んできたんだ! 何があったんだ!?」

「そ、それは後で説明するけど……それよりもう、後ろ……」

「うん?」


 青い髪の青年が起き上がり、リザエルたちの方を見る。

 リザエルを始め、夏帆も両親も唖然としたまま。


「ガレッド、彼らは?」

「ああ、この人たちは俺たちを助けてくれたんだよ。それで……」


 ゆっくりと体を起こし、ガレッドは青年に耳打ちした。

 何を話しているのか聞こえないが、亡命しに来たことを教えているのだろう。あまり大きな声で話せる内容でもない。こちらへ配慮してるのだとリザエルはガレッドの対応に感謝した。


「……なるほどね。それなら僕も付き添うよ」

「え? でも……」

「心配しないでください。俺よりも彼と一緒の方が話が早いですから」


 一体誰だろうか。リザエルは青年のことをジッと見た。

 平民のような軽装をしているが、服では到底隠し切れない貴族の雰囲気が溢れている。いきなりガレッドに飛び掛かってきたことを覗けば、立ち方や姿勢があまりにも整いすぎている。

 それはきっと、向こうもリザエルに対して思っていることだろう。十年間で仕込まれた王子の婚約者として恥ずかしくない立ち振る舞いがその体に染みついている。


「僕はキース。よろしくね」


 ニコっと微笑み、キースと名乗る青年が手を差し出した。

 リザエルがその手を取ることを躊躇うと、瞬時にドルワが彼の握手に応じた。


「ありがとうございます。私はドルワ。こちらは妻のライリン。そして……娘のリザとカホです」


 自然に自己紹介を済ます。

 ナーゲル国の情報が流れている可能性は低いが、リザエルが王子の婚約者であったことを知られると面倒だ。もしこの国に追手が来たときに彼らを巻き込んでしまう可能性だってある。それならリザエルに関する情報はあまり与えない方が良いだろう。

 とっさの判断に、リザエルはさすがお父さんと心の中で呟いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る