第8話 異世界と異世界




 ナーゲル国から北に向かって進むこと数時間。ようやく街道が見えてきた。あとはこの道を辿っていけば、目的地であるミルドカディン国がある。

 噂通りであれば亡命も受け入れてくれるはず。鎖国状態であるナーゲル国から来たとなれば多少は騒がれるかもしれないが、それでも死んでしまうよりマシだ。


「リザエル、疲れていないか?」

「大丈夫よ、お父さん。ありがとう」

「空が明るくなってきたね……もう城はお騒ぎかな」

「そうでしょうね。いずれ、あの国を守ってきた結界もなくなるだろうし……なりふり構ってもいられなくなるんじゃないかしら……」


 まるで他人事のように話すリザエルに、十年間過ごしてきたあの城に何の未練もないことが伝わってくる。

 リザエルとて何も思わない訳じゃない。唯一の心残りであるメイドの安否がずっと気になっているが、今は振り返ってもいられない。


「そういえば、国の外には魔物もいると聞いていたけど……この辺りは安全なのかしら」


 ふとリザエルが周囲を見渡しながら呟いた。

 ナーゲル国はリザエルが維持してきた結界のおかげで魔物が侵入することはなかった。だからあの国で生まれ育ったリザエルやその両親は勿論、異世界から来た夏帆も魔物を実際に目にしたことがないのだ。

 知らないからこそ、何の武装もなしに街道を歩くことが出来ている。おまけに祝福の聖女が傍にいるのだ。魔物に対して危機感を抱くわけがなかった。


「魔物、かぁ……ゲームとか漫画でなら見るけど……」

「その、げーむ? と言うの、さっきも言ってたわね。どういうものなの?」

「えーっとね、どう説明したらいいのかな。遊び道具? 色々と種類があるんだけど、こういう魔法のある世界を冒険したり、戦ったりするのがRPGっていう……仮想空間で、物語の主人公になり切って遊ぶ、みたいなものかなぁ。改めて説明するのって難しいな」

「仮想、空間……? 言葉としての意味は分かりますが、何だかピンときませんわね……」

「そうだよねぇ、この世界ってテレビもないもんね。ああ、でも水鏡だっけ? 遠くのものを映すやつ。あの王子様が一度だけ見せてくれたよ」

「ああ、王子の配下に水を操ることが出来る人がいましたね」

「うん。私の世界には、あんな風に映像を映す機械があってね、それを使って……えーっと、架空の物語? 小説の世界みたいなものを映像化して、その物語の主人公を操作して遊ぶ……みたいなものがあるんだよ。これ伝わる?」


 どうにかゲームの説明をするが、言葉にすればするほど頭がごちゃごちゃになっていくのを感じる。

 元の世界でゲームというものが何なのかなんて一から説明する機会なんてない。夏帆はもっと上手い説明の仕方はないのかと必死に考えた。


「あ、そうだ」


 夏帆は足元に落ちていた小さな枝を拾い、地面に絵を描き始めた。

 リザエルたちには彼女が何を描いているのか全く分からない。四角いものから何か線が伸びているようにしか見えない。


「これ、こんな感じでこの大きな四角がテレビね。色んな映像を写すもの。それをこのゲーム機とコードで繋いで、このコントローラーで遊ぶの」

「……映像を写す……? それはどんな魔法なの?」

「魔法じゃないよ。電気……電波? とにかく科学って力で動いてるの」

「か、かがく、ですか……不思議ですね、貴女の世界は」

「あはは。私からすればこっちの世界の方が不思議だよ。魔法なんて物語、ファンタジーの中にしかないんだよ? そっちからすれば私が異世界から来た人間だろうけど、私もこっちが異世界なんだし」


 夏帆は足で地面に描いた絵を消しながら笑った。

 夏帆のいた世界。現在の日本に魔法はない。剣で戦う人もいない。この世界はまるで、お伽噺のような世界だ。


「それに、リザみたいに綺麗な髪も珍しいし」

「私の?」


 リザエルは自分の髪に触れた。

 暗闇でも輝く、白銀の髪。夏帆の黒髪と対になるような、そんな色。


「てゆうか、追手が来たら目立つんじゃないの? そんなキラキラした髪」

「むしろ、目立つのは貴方よ。黒い髪の方がこの世界じゃ珍しいんだから」

「日本人は大体黒髪なんだよー」


 夏帆がスタスタと先を進んでいく。

 こういう何でもない会話をするのも久々で、リザエルは自然と頬が緩んだ。

 そんな娘の柔らかな表情に、両親もふふっと笑みを零す。


 ずっと城で過ごしているリザエルの様子が気になっていた。十年振りに再会したと思えば三日後に処刑されるという信じられない現状。国王を、王子を信じて送り出したのに、あまりに酷い裏切り行為だ。

 だから今も傷付いて悲しんでいると思っていたが、夏帆がいてくれたおかげかリザエルは幼い頃のような笑顔を浮かべている。気の抜けない状況だと分かっているが、今はただ娘の無事が何よりも嬉しい。


「……ん? リザエル、カホさん。フードを被りなさい」


 遠くに見えた人影に、ドルワがいち早く気付いた。

 二人とも目立つ髪色であることに変わりない。後ろからではなく前にいるのだからナーゲル国の追手ではないだろうが、相手がどんな人なのか分からない状況で気を許す訳にはいかない。


 ドルワとライリンが先頭に立ち、夏帆とリザエルを隠すように警戒しながら前に進んでいった。



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