第7話 再会と前進




 それから数十分が経った。

 二人は壁の向こうで何か物音がしたことに気付き、音がする方へと近付いた。


 少し待つと、壁際の地面がボコボコと動き、穴が開いて人の顔が現れた。

 体格の良い少々強面の男と、その男の背中にしがみついていた薄い黄色の髪をした小柄の女性だ。


「ふう、こんなことが出来るとは驚いたな」

「人に見られたらどうしようって怖かったわぁ」


 外に出た瞬間、安堵の息を零す二人に、リザエルは疲れも忘れて駆け寄った。

 走り出す直前の顔に、夏帆は瞳に涙を浮かべて微笑んだ。さっきまで気丈に振舞っていたお嬢様だったが、今はただの子供のようにボロボロと大粒の涙を零しながら、両親に抱きついて泣きじゃくっている。


「お父さん、お母さん……よかった、よかった無事で……」

「それはこっちの台詞だ、リザエル……まさか城でお前が酷い目に遭っていたなんて……」

「そうよ。でも、こうしてもう一度会えて本当に良かった……ああ、リザ……こんなに大きくなって……綺麗になったわね」


 十年間、城で暮らす娘を心配しなかった日はない。

 一切の連絡を取ることも許されず、顔を見ることすら出来なかった。


「また会えて嬉しいわ。でも、早くここを離れないと」

「ああ、そうだったね。それで、彼女が……?」


 リザエルの父が少し離れた場所でもらい泣きをしていた夏帆の方を見る。


「そう。彼女が異世界から来た子、カホよ」

「あ、えっと、苑村夏帆です。夏帆と呼んでください」

「私はリザエルの父、ドルワ・キャレットエイヴィーです。こっちが妻のライリン」

「はじめまして、カホさん。娘を助けてくれてありがとう」

「い、いえ……私のせいみたいなところもありますし……」


 両親に頭を下げられ、夏帆は両手をブンブンと振った。お礼を言われるようなことをしたつもりはない。夏帆もリザエルに助けを求めてあの牢屋に来たようなものだったのだから。


「それで、リザエル。ここから近くの国に行くのだろう? 君達を追って他国に争いを仕掛けたりはしないだろうか」

「正直、あの国が何をするのか想像はつかないわ……でも、私たちは一つの国に留まるつもりはないの」

「どういうことなの?」

「この子を……カホを元の世界に帰してあげたいの。その為に精霊の森を探すわ」

「精霊の森なんてどこにあるかも分からないのに……女の子二人で大丈夫なのか!?」


 父、ドルワは心配そうにリザエルの肩をそっと抱いた。

 十年振りに再会できたのにまた離れ離れになるなんて考えたくもなかった。だが、リザエルの意思は固い。

 昔と変わらない瞳に、ドルワは静かに溜息を吐いた。


「お前は昔から一度言い出したら聞かない子だったね……」

「お父さん……」

「だが、今は安心できる場所へと逃げることが優先だ。リザエル、お前は神様に愛された子、きっと大丈夫だろう」


 父の大きな手のひらに頭を撫でられ、リザエルはえへへっと子供のように笑ってみせた。

 今はまだ安心できる状況ではないのに、その様子を見てるだけで穏やかな気持ちになってしまう。それと同時に、夏帆はギュッと胸に痛みを感じた。


「……いいなぁ」

「カホ?」

「え?」

「どうかしたの?」

「何が?」

「いま、いいなって仰ったから」

「言った? 私が?」


 無意識だったのか、夏帆は顔を真っ赤にして口を押えた。

 リザエルが両親と一緒にいる姿を見て、家族のことを思い出してしまった。このひと月、考えないようにしていた元の世界にいる両親や友達のこと。この世界に来たばかりの頃は寂しくてずっと泣いていたことを。


「……わ、私も……パパとママに、会いたいなって……ちょっと、思っただけ……」

「そう、よね。大切な人に会えない気持ちはよく分かるわ。こうして両親に会えたのも貴女のおかげだもの。絶対に貴女を元の世界に帰してあげるわ」

「リザ……ありがとう……」


 ずっと笑顔で明るい少女だと思っていたが、それは不安な気持ちを押し隠すためだったのだろう。思えば王子のそばにいた彼女はずっと涙目で悲しそうにしていた。


「さぁ、行きましょう。こんな場所、長居したくないわ」

「そうだね。私もあの王子の顔も見たくないよ」

「ふふっ」

「あははっ」


 顔を見合わせ、笑い合う少女。

 そんな二人の笑顔を、リザエルの両親は微笑ましく見ていた。まるで娘がもう一人増えたような、そんな気持ちで。


「ここからそう遠くない場所にミルドカディン国があるわ。あそこの王は難民の保護もしていると聞いたわ」

「リザ、よくそんなこと知ってるわね。外の情報なんてあの国には入ってこないのに……」


 ライリンが聞くと、リザエルは悪戯をした子供のような笑みを浮かべた。


「城には王族御用達の情報屋が時折来ていてね、その人の思考をたまに盗み見ていたのよ」

「うっわ、悪いお姫様」

「こっそり外の情報を仕入れてる方が悪いのよ。私達には外と関係を持つことを禁じてるくせに」

「そのリザの魔法って触れなきゃ使えないんでしょ? どうやったの?」

「簡単よ。私は王子の婚約者なのよ? 挨拶するついでに握手をするくらい出来るわ」

「でも魔法って使ったら分かっちゃわない?」

「軽く記憶を共有する程度だから問題ないわ。カホと言語を共有したときは結構な魔力を消費するから相手にも気付かれるけど、軽く表面の記憶を読み取る程度の共有なら平気よ。それに王やフレイ王子以外に私の魔法は知られていないの。何でか知らないけど隠してるみたいだったし、私も絶対に使うな、知られるなって言われていたから」


 今となって思えば、それも他の人と情報を共有されたりしたら困るからなのだろう。

 そうまでして隠したい何かがあったのだろうか。リザエルが気付いていないだけで、何か外に漏れたらいけない情報を知っているのだろうか。

 今は何も分からないことだらけ。ナーゲル国の闇を知ることになるのは、まだ先の話だ。




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