第6話 壁と外の世界
「え、なに、何なの?」
リザエルの様子に、夏帆は不安になった。自分の体に何かおかしなところがあったのか、あの城で過ごしたひと月のうちに何か変なものを食べさせられたのかとバタバタと両手を動かして体を触りまくった。
「……ご、ごめんなさい。えっと、ちょっと驚いてしまって……でも、そうね……王が貴女を、異世界の少女を求める理由が分かった気がするわ」
「何それ?」
「でも、貴女がいれば両親を助け出せるかもしれない」
リザエルは夏帆の手をギュッと握り締めた。
こんなにも何かに希望を抱いたことがあっただろうか。リザエルは諦めの早い子だった。そうでなければあの城で暮らしていけなかったからだ。
だから、こんなにも前向きな気持ちになったのは十年振りだった。幼い頃に戻ったようなそんな感覚に、痛む足が軽くなったような気さえする。
「とにかく、急いでここを出よう。リザ、歩ける?」
「ええ。大丈夫よ」
二人は手を繋ぎ、再び足を前に進めた。
その間もリザエルは考えた。彼女に協力してもらって、両親を国外に逃がす方法を。
———
——
「あれ、階段?」
「やっと出口ね……」
通路の最奥まで行きつき、石で積まれた階段を見つけた。その先には入り口と同様、石で出来た扉が見える。
二人で一緒に扉を押し上げ、ようやく外の空気に触れることが出来た。
「……ここは、外……本当に国の外に出られたのね……」
リザエルは初めて見る外の景色に、息を漏らした。
背後に見える大きな壁。誰の侵入も許さず、誰の脱走も許さない、出入り口の全くない壁だ。
「それで、どうするの?」
「ぶっつけ本番だし上手くいくか分からないけど、両親と私の思考を共有させるわ」
「そんなこと出来るの?」
「多分……貴女の、カホの力を貸してもらえれば」
「私?」
リザエルは頷いた。
両親の居場所は離れていても分かる。城にいたときからずっと魔力を感じ取っていたから。
「聞いて。カホ、貴女の力は膨大な魔力よ」
「魔力?」
「ええ。この世界の人でもない貴女がそんな力を持っているのか分からないけど……言ってしまえば貴女は魔力の源泉。無限の湧き水なのよ」
「えー……」
夏帆は信じられないというような顔をした。魔力があると言われても、それを実感できない。特に体に変化もなく、実際に魔法が使えるわけでもない。急に魔力があると言われてもピンと来なかった。
「簡単に説明するけど、基本的に魔力量は生まれたときから決まっているの。その魔力を超えた魔法は使えないし、鍛えて増えるようなものでもない」
「う、うん。レベル上げでステータスが変化しないってことね。何となく分かった」
「すてーたす?」
「ごめん、続けて」
リザエルの説明を夏帆はどうにか理解してるが、夏帆の例えはリザエルに通じなかった。
「だけど、貴女の力を借りればそれを無視できる。どんな魔法も無限に使えるようになる。例えば、洗脳の魔法を使える人がいたら、この国……いえ、もしかしたらこの世界中の人間を思い通りに動かすことだって出来るかもしれない」
「…………ま、マジで? もしかして、あの王子がそれをしようとしてたとか、ないよね?」
「絶対にないとは言えないし、可能性は高いんじゃないかしら」
「……最悪。逃げ出せて良かった……」
それはリザエルも同意見だった。危うくこの国の王に世界征服をさせるところだった。
この力を悪用される前に、早く彼女を元の世界に帰さないといけない。リザエルはそれを強く思った。
「それで、リザの両親に思考を共有、だっけ? それはどうやるの?」
「貴女と手を繋いで分かったけど、触れてるだけでも魔力が流れ込んでくるみたいね。でも私はもっと手っ取り早く貴女と魔力を共有して使わせてもらうわ」
「便利だね、その力」
「ただ、そんな強大な魔力を扱ったことなんてないから、自分の体にかかる負荷が想像できないのだけど……」
魔法を使うのに自身の魔力だけでなく体力も消耗する。
本来なら相手に触れないと共有は出来ないが、夏帆の魔力を使えば離れた場所にいる相手にも使えるはずだ。
相手の魔力を感じ取り、そこに向かって思念を飛ばす。遠く離れたものを動かす魔法があるのだから、魔力を遠隔操作することだって可能なはず。だが今までやったことがないことだ。上手くいくか分からない。それでも、やらなければいけない。
「それじゃあ……カホ、協力してくれる?」
「勿論」
手を繋ぎ、魔力を共有する。
流れ込んでくる彼女の魔力。こんなにも膨大な力、今まで感じたことがない。
今は余計なことを考えている暇はない。夜が明ける前に、早く両親と思考を共有しなければ。
意識を共有し、リザエルの考えた作戦を伝える。二人がその通りに動いてくれれば、きっと上手くいく。
リザエルは離れた場所にいる両親の魔力を感じ取り、そこに向かって自分の魔力を飛ばした。
ビリっと魔力が繋がった感覚がする。間違いなく両親のものだ。
「……お父さん、お母さん」
リザエルは二人に自分の思考を共有させる。自分の考えは伝わっているはずだが、相手の様子までは見ることが出来ない。
だが、向こうの思考も同じように共有できている。共有の魔法を使えるのはリザエルだけなので、会話は出来ない。一方的にこちらの思考を与え、向こうの思考を読み取ることしか出来ない。
だが、両親が動き出してるのは分かる。十年ぶりに娘に会うことが出来る。思考を共有したことで王族が娘に何をしてきたのかを知った。この国に残る理由も、殺される理由もない。
「もうすぐ、二人が来るわ」
「え、どうやって?」
「父の魔法は土を操作するものなの。普段は畑を耕したりすることしか出来ないけど、思考と共に貴女の魔力も共有したから、壁の向こうまで土を掘るくらい簡単に出来るはずよ」
「こうやってても魔力がどういうものなのか全然分からないけど、役に立ってるなら良かったよ」
夏帆はへへっと零すような笑みを浮かべた。
役に立つ、なんて言葉だけで片付くものじゃない。命を救ったのだ。何度感謝しても足りないだろう。
リザエルは改めて彼女の願いを叶えてあげたいと強く思った。
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