第5話 迷いと自信




「……っ」

「リザ、大丈夫?」


 長い長い地下通路を歩き続け、先に立ち止まったのはリザエルだった。

 無理もない。地下牢に閉じ込められてから夏帆がやってくるまで数時間は経っていた。祈っている間は完全に忘れていたが、昼食を取る前に捕らえられてしまったため相当な空腹状態だ。おまけに冷え切った場所にいたせいで体力も消耗している。


「わ、私、おんぶしようか? 結構体力には自信あるよ。元の世界では陸上やってたし」

「陸上……?」

「そう、部活。陸上って……えーっと、走ってタイムを競う競技なんだけど、長距離の選手なんだ」

「そう……運動で女性が活躍できる世界なのね」

「ここは、違うんだ?」

「ええ。他の国がどうかは知らないけど、このナーゲル国は男が偉いだけの世界よ。女は男を立たせるためだけに存在する。だからその頂点である国王の命令は絶対。逆らうことが許されない……そんな国よ」

「男尊女卑ってやつ? それ、私のいた国で言ったら炎上するよ」


 夏帆に手を差し出され、リザエルは躊躇いながらもその手を取った。

 誰かに手を引かれながら歩くなんて、いつ以来だろうか。リザエルはまだ王城に来る前、両親と暮らしていたときのことを思い出した。

 あの頃は両親と手を繋いで歩くのが当たり前だった。だが、いつの間にか自分の手を握ってくれる者はいなくなった。それが当たり前になってしまった。


「そうだ。お父さんとお母さん……」

「え?」

「どうにか二人も一緒に国を出ることは出来ないかしら……確か通路の出口はうちの近くだったはず……でも出口は塀の向こうだし……どうすれば……」

「待って、待ってリザエル。何の話してるの?」

「このまま私が国を出たら、私の加護が両親に届くかどうか分からないわ。私が脱獄したことが分かったら両親が殺されてしまうかもしれない……」


 言葉にして、一気に不安が押し寄せてきた。

 この国から出たことがないリザエルには、自分の加護がどこまで届くのか分からなかった。

 国外に出ても大丈夫なのか、迷いが生まれる。だがこのまま立ち止まっても、引き返しても死ぬだけ。もう3日の猶予すら無くなってしまう。


「……リザのお父さんとお母さん、危ないの?」

「分からないわ。でも、私がこうなってしまったのだから、両親にも何かしらの責任を負わされるかもしれない。あの王子が何もしないなんて考えられないわ」

「……だったら、何とかしよう」


 夏帆はリザエルの両肩を掴み、真っ直ぐ彼女の目を見た。

 この国に来たばかりで、ようやく言葉を理解出来たばかりなのに、なぜこの少女はこんなにも迷いのない瞳を向けることが出来るのだろうか。リザエルは不思議で仕方なかった。

 だが、それと同時に彼女が一緒ならどうにかできるような気がしてしまった。


「でも、どうやって……」

「そ、それは……私はこの国のこととか魔法のこととか何一つ分からないけど……リザは、人に祝福を授けられるんでしょ? さっきだって、私は無事に鍵を見つけて戻ってこられた。リザのおかげだよ」

「そう、かもしれないけど……」

「まずは外に出よう。地下にいた状態じゃどっちにしても何も出来ないし、ね?」


 ニコッと微笑まれ、リザエルも頷くしかなかった。

 なんの根拠もない彼女の自信。それなのに、どうしてそれを信じられるだろう。これも異世界から来た少女の持つ力なのか。

 いや、それだけで王があそこまで執着するはずがない。リザエルは夏帆に腕を引かれながら、彼女の持つ力について考えた。

 何か特別な力があるのなら、両親も助けられるかもしれない。この国を出て、両親だけでも多国に亡命出来ればそれでいい。


 リザエルは歩きながら考えた。

 昔、婚約者として城に来たばかりの頃に勉強するふりをして多くの本を読み漁った。この国の地理に関してや、城の構造など。

 この城を抜け出して両親の元に帰りたいと願って。


 だが、すぐに無駄だと悟って、それも諦めてしまった。

 両親の為に自分に出来ることは大人しく言うことを聞くことだと気付いたから。


 それでも何か役に立つことがあればと調べ物は続けていた。この国のこと、城のことを知るのは、王子の助けになるかもしれないと考えたからだ。

 リザエルは飲み込みが良かった。一度読んだ本の内容は忘れることはなかった。だからこの十年で城の書庫にある本は全て読み尽くした。

 だからこそ、今こうして地下通路を通って国を抜け出すことが出来ている。


 ならば、他にも何か役に立つことがあるかもしれない。

 リザエルは今まで読んできた本の内容、自分の持つ知識を総動員させてあらゆる方法を考える。


「……カホ、少し良いかしら」

「え、なに?」


 リザエルが急に足を止め、夏帆は驚いた様子でこちらを見た。

 夏帆に感じていた特別な何か。それがわかったような気がする。リザエルは夏帆の手を両手で包み込み、小さく息を吐いた。


「少しだけ、貴女と共有したいの」

「え、それ今やるの? てゆーか、何を共有するの?」

「貴女の体を調べたいの」

「え、体!?」


 夏帆は体を調べるというワードに少しだけ恥ずかしさを覚えたが、真剣な目をしているリザエルに対して無理とは言えなかった。

 仕方なく彼女の魔法を受け入れ、目を閉じる。


「…………なに、これ」


 互いの体が薄らと光り、夏帆の体と共有したリザエルは信じられないと言う表情を浮かべた。



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