第2話 囚われの聖女と異世界の少女




 薄暗く、冷たい石の感触。

 さっきまで暖かな部屋の中にいたのに、ほんの数十分の間にこんな場所に捕えられてしまうとは思っていなかった。リザエルは冷えた両の手を擦り合わせ、はぁーっと息を吐いて気休め程度の暖を取ろうとした。


 一瞬で全てを奪われてしまった。

 いや、与えられたものを返しただけかもしれない。婚約者という立場も、王城での部屋も、課せられた役目も全て、一方的とはいえ与えられたものだった。

 それを返すだけならまだ文句もなかったが、まさか死ななければならないとは思いもしなかった。リザエルは小さく溜息を吐いた。


 あそこまで堂々と嘘をつかれて、冤罪を着せられては、言い返す気にもなれない。諦めるしかなかった。

 あのローズと呼ばれる少女が何を考えているのか分からないが、婚約破棄だけに留まらず、処刑されることになったのはあの少女が王子に何か言ったからなのだろうか。リザエルはフレイに肩を抱かれていたローズのことを思い出す。

 フレイの隣で一言も喋らず悲しげな顔をしていた少女。リザエルは本当に少女と関わりがなかった。彼女がこの世界にやってきたその日以外、顔も見ていない。リザエルはこの城でいつも決められた行動しかしていなかった。そのスケジュールも全て、王子から命じられたもの。

 王命に逆らえば何をされるか分からない。リザエルは当初こそ不満があったものの、自分の不手際で両親に迷惑をかけてしまうことを何より恐れた。

 だからすぐに心を捨てた。言われた通りに動くだけの人形になった。その結果が、これだ。


「……お父さん、お母さん……」


 今、両親はどうしているのだろうか。遠く離れた場所にいる二人を思い、リザエルは胸を痛める。

 もしかしたら両親にも何か罰が下るかもしれない。処刑されるのが自分だけでなかったらどうしよう。リザエルはそれだけは避けなけれないけないと、冷たくかじかんだ手を握り締め、目を閉じて祈りを捧げた。


 自分に与えられたギフト。この世界の人間には必ず一つ魔法を与えられる。火や水を操るものや、物を動かせる魔法など。何か一つ、必ず魔法を持って生まれてくる。

 そして、それとは別に神よりギフトを授かって生まれてくる子がいる。それがリザエルだ。彼女は祈りによって人や物に祝福を、神からの恵みを与えることが出来る特別なものだ。その祈りによって、この国は常に豊作であったり、天災などに遭うこともなかった。

 今までこの祈りをこの国のために捧げてきたが、もうその必要もないだろう。リザエルは必死に両親のために祈った。

 どうか、両親には何の危害も加えられませんように。この祈りが届いたならば、今すぐこの国から逃げてくれますようにと。

 この国は他国との交流を一切行っていない、完全なる閉鎖国家だ。上手くこの国から逃げ出すことさえ出来れば、他国に亡命できれば、きっと助かる。

 リザエルは必死に祈った。この命全てを賭けていい。どうせ三日後には死んでしまうのだから。


 コツ、コツ。

 そう思いながら両親の無事を願っていると、遠くから誰かの足跡が聞こえてきた。

 三日後の処刑される日までここには誰も来ないはず。リザエルは警戒しながら、鉄格子の向こうをジッと見つめた。


「……え」


 暗闇の中に現れた小さなランタンの光が照らすのは、リザエルがこの場所に囚われることになった元凶。


「……貴女は、ローズ?」


 先ほど見た悲しげな顔のまま、少女はそこに立っていた。

 何故この少女がここに来るのだろうか。予想もしていなかったことにリザエルは言葉が出てこなかった。

 落ちぶれた姿になった自分のことを笑いに来たのだろうか。リザエルは一瞬そう思ったが、彼女の表情からそれはないと察した。


「どうやってここに来たの? 貴女、王子とずっと一緒だったのでは?」


 リザエルが問いかけるが、ローズは困った顔のまま。何か言いたげな雰囲気だが、小さく言葉を零すだけで会話をしようとしない。

 何をしたいのか分からない。この王城に来てからリザエルは相手の顔色を窺い、空気を読むことを学んだ。しかし、彼女が何を考えているのかが全く理解できなかった。


「……え、あ……たすける、したい」

「え?」

「……う、あ……こ、ことば……あー、あってる?」

「もしかして、この世界の言葉が分からないの?」


 考えてみれば当然のことだろう。彼女はこの世界の人間ではない。異世界から来たのだから、言葉が通じなくて当たり前だ。

 と言うことは、リザエルの冤罪を企てたのは全てフレイら王家の者たち。言葉が喋れない少女を利用して、リザエルを殺そうとしている。


「ことば、おしえた……めいど……すこし、おぼえた……」

「なるほど。貴女に付いたメイドから教わったのね」

「……あなた、わるくない。おとこ……へん……にげる、する……」

「……えっと……あなたは、私を、助けようとしている?」


 ローズが聞き取りやすいようにリザエルはゆっくりと話した。少女は小さく何度も頷くと、リザエルは考えるように顎に手を当ててローズの目をジッと見た。

 きっとフレイはわざと彼女にこの世界の言葉を教えなかったのだろう。その方が都合がいいから。

 それでもやはりリザエルが殺されなければいけない理由は一切分からないが、フレイの目を盗んで言葉を覚えてリザエルを助けに来てくれた彼女をこのまま返すわけにもいかない。きっと彼女もこの国の、王家の道具にされてしまう。


「……分かったわ。それじゃあ、顔をこちらに寄せてくれる?」

「……?」


 リザエルは立ち上がり、鉄格子の隙間から手を出してこちらに来るように手招いた。

 ローズは首を傾げながら、鉄格子に頬が触れそうな距離まで顔を近付ける。


「……動かないでね」


 リザエルはそっと彼女の頬を両手で包み込んだ。

 触れた瞬間、氷のように冷たいリザエルの手にビクッと肩を震わせたが、その直後に仄かに温かい光が二人の体を包んだ。


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