第3話 リザエルと夏帆



「……どう? 私の言葉が分かる?」

「…………え、あれ? 普通に、わかる……て、え? 私、言葉が……」

「貴女と私の言語を共有したの」

「共有?」

「そう。それが私の魔法」


 ギフトとは別に、リザエルが生まれ持った魔法。自分と相手、人や物と意識や感覚などを共有(リンク)できる魔法。今回はリザエルの言語をローズに共有させたのだ。これによりローズはリザエルが知っている言語全てを話すことが可能になる。


「……凄い。ここって本当に魔法のある世界なんだ」

「それで、貴女はどうして私の元に来たの?」

「あ、うん。えっと……話してる内容は全然分からなかったんだけど、貴女が兵隊みたいな人達に捕まったの見て、それが何となく私のせいっぽい感じだったから、助けたいと思ったの」

「まぁ、貴女のせいじゃないけど……貴女のせいでもあるのかしらね」

「あの金髪の人ってこのお城の王子様的な人なんでしょ? 顔は良いけど態度が悪いし肩を抱いてきたときも乱暴だったし、私、ここにいたくないの。あんな重たいドレスも着たくないし、元の世界に帰りたいの」


 話せるようになった途端、一気に溜め込んだ不満が溢れ出した少女。今まで言葉が通じていなかった彼女は王子との婚約なんて知らないし、自分の置かれた立場も何も把握していない。

 リザエルは深く息を吐き出した。これが王家のやることなのかと、飽きれて言葉も出ない。

 何も知らない少女を利用して何をしようとしているのか分からないが、これ以上はこの国の恥だ。


「……まず、この国の人間を代表して貴女に謝罪します。元婚約者であるフレイ王子が貴女に不快な思いをさせてしまったこと、申し訳ありませんでした」

「い、いや……貴女が悪いわけじゃないし……てゆうか、あれ婚約者だったの? 婚約者である貴女をこんなところに閉じ込めたの?」

「ええ。そうね、先に現状をお話した方が良いかしら」


 リザエルは何が起きているのかを説明した。自分が王子の婚約者にさせられたことやリザエルがそのせいで三日後に殺されてしまうことを知り、少女は顔が真っ青に染まっていった。


「な、なにそれ……わ、わたし完全に悪い子じゃん……そんな漫画みたいな展開、あり得るの……?」

「私としても貴女を助けてあげたいのですが、見ての通り囚われの身。ここから抜け出すことは出来ません」

「そんな……魔法で何とかできないの?」

「さっきも言ったけど、私の魔法は共有(リンク)。ここから抜け出せるよな魔法は持っていないわ」

「そんな……」

「だから私は貴女がこの国から抜け出せるように祈っています。この城の構造と国の地図を共有しますので……」


 もう一度共有しようと手を伸ばすと、ローズは瞳に涙を浮かべながらリザエルの腕を掴んだ。

 真っ直ぐ見つめるその眼差しに言葉を失った。まるで夜空のように黒く、星のような小さくも強い輝きを持った瞳。今まで見たことのない美しさだ。


「そんなの駄目だよ……このまま貴女が死んじゃうなんて、嫌だ……」

「私の生死なんて貴女には関係のないことよ」

「なくないよ! だって私のせいじゃん……それに、私一人じゃ何も出来ないよ。この国から逃げ出せたって、そこからどうやって元の世界に帰る方法を探せばいいの? こんな、何も分からない世界で……」


 腕を掴む手に力が籠る。

 確かにこのまま彼女を一人にさせるのは危ない。三日後、自分が死んでしまった後も祈りが継続されるのかどうかも分からない。放っておくのは無責任と言うものだろうか。リザエルは自分の腕を掴む彼女の手に、もう片方の自分の手を置いた。


「そうね……それじゃあ、この牢屋から出る方法を探しましょう」

「う、うん! あ、鍵を探してこようか?」

「……それが一番早いかしら。私はここで貴女に祝福を与えます。そうすれば加護の力で見つからずに鍵を持ってこれるかも」

「わかった、鍵のある場所だけ教えて?」

「ええ」


 リザエルはもう一度ローズの顔に触れて、地下牢の構造を共有した。

 祝福を与えるとは言っても、相手が幸運になるというだけで確実に見つからないというわけではない。これは賭けだが、少女が殺されることはないだろう。

 少し自分の死期が早まるだけのこと。その程度のリスクなら十分容認できる。どうせ三日後に処刑される命なのだから。


「それじゃあ、ローズ。気を付けて」

「うん? それ、私のこと?」

「え? ああ、そうよね、貴女は言葉が話せなかったのだから、本当の名前を誰も知らないのよね……」

「え、もしかして私ってローズって呼ばれてたの? うわ、似合わな過ぎてウケる」


 少女はプッと吹き出すように笑った。

 確かに言葉を話せるようになった少女はどこにでもいる庶民の女の子と言う感じで、失礼ながらローズと言う雰囲気ではない。


「夏帆だよ。苑村夏帆(そのむらかほ)。夏帆って呼んで」

「カホ?」

「うん。貴女は?」

「私はリザエル・キャレットエイヴィーと申します」

「リザエル……じゃあリザだ。それじゃあ、ちょっと待っててね、リザ」

「ええ。お気をつけて、カホ」


 互いに微笑み合った。

 静かに牢から出ていく少女、夏帆に向けてリザエルは強く祈った。どうか彼女が元の世界に戻れるように、そのためにこの国から出ることが出来ますようにと。

 そのためには、まずは鍵が必要。その一歩を躓くことなく踏み出せるように。



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