異世界の少女と聖女様
のがみさんちのはろさん
第1話 婚約破棄と冤罪
「リザエル・キャレットエイヴィー。貴様との婚約を破棄させてもらう」
それは、あまりにも突然のことだった。
いつもの様に王城にある自室でメイドと共にお茶をしていると、騎士隊が流れ込んできて、その部屋の主を拘束した。
何が起きたのか理解出来ずにいると、この国の王子であり拘束された女性、リザエルの婚約者であるフレイ・ナーゲル王子が一人の少女を連れてやってきた。
相変わらず眩しいほど美しい金色の髪を靡かせ、不遜な態度を取っている。
「……これは、どういうことでしょうか?」
「言った通りだ。貴様との婚約を破棄する。そして彼女、ローズと結婚する」
ローズと呼ばれたのは、この国では珍しい黒い髪をした幼い少女。
悲しげな表情を浮かべる少女の肩を抱きながら、フレイはリザエルを嘲笑うような顔で彼女を見下した。
「貴様はローズが現れてから、彼女の存在に嫉妬し、嫌がられせを続けていたそうだな?」
「え?」
「いや。貴様がやったことは嫌がらせの域を超えている。殺人未遂だ。そのような愚かな行為、この私の婚約者として恥ずかしいとは思わないのか」
フレイが告げる言葉に、リザエルは首を傾げた。
少女、ローズが現れてから。それは今からひと月前のことだ。
彼女は城の中庭にある女神の泉の前に突然現れた、異世界からやってきたという少女だった。
正直、リザエルは彼女が異世界から来たなんて話は未だに半信半疑だ。
だが彼女は見たこともない服、この世界には存在しない黒髪、黒目をしていたことで王子や国王はこの少女を異世界から来たと断言した。
過去にもそう言った事例があったらしく、約百年ほど前にも彼女のような黒髪の少女がやってきたそうだ。
どの文献にも詳しいことが書かれていないが、その少女が持つ力のおかげでこのナーゲル国は繁栄を続け、大きく発展して世界有数の大国となった。
だから今、王子も国王も異世界から来たとされる少女、ローズを贔屓しているのだ。
だが、それと今の状況は別だ。
婚約破棄をしたいならそれでいい。素直にそういえば受け入れることが出来た。
しかし、これは何だ。何故、いまリザエルは拘束され、やってもいない罪に問われているのだろうか。
「……大変申し訳御座いませんが、私には身に覚えがありません。その少女が貴方にそう仰ったのですか?」
「勿論だ。でなければ、こんな真似はしていない。少し考えればわかるだろう」
何のつもりなのだろうか。
さっきからローズは一言も話そうとしない。彼女の真意は何一つ分からないが、この少女はなにか目的があって王子を騙し、リザエルに罪を着せようとしていると言うのか。
そもそも、嫌がらせも何もリザエルとローズは口を聞いたこともない。一度だけ顔を合わせた程度で、このひと月の間、すれ違うことすらなかったというのに。
「恐れながら……私は彼女と口を聞いたこともなかったのですが?」
「お前の言い訳など聞くつもりはない。ローズの言葉が全てだ。神の加護を受け、祝福のギフトを授けられた聖女でありながら、このような悪行を成すとは……貴様には相応の罰を受けてもらわねばらない」
「ですから、王子!」
「言い訳無用。何度も言わせるな。お前は三日後、国民の前で断罪される。それまでは地下牢で己の罪と向き合うがいい」
聞く耳を持たない王子に、リザエルは自身の死を受け入れてしまった。
こうなってはもう、どうにもならない。このような行動をとったということは、国王も承知のことだろう。
そもそも、婚約のときも強引だった。
今から十年前、リザエルが七歳のときに王家から伝令が届いたことでこっちから意見する間もなく婚約者にされたのだ。
フレイ王子とは王城に初めて来たときに顔合わせた以降は年に数回、しかもほんの数分話をする程度。それ以外は花嫁修業とナーゲル国の結界を強化するための祈りを捧げるだけ。
その結界も、元は百年前に現れたという異世界の少女が張ったものだと説明を受けた。その結界のおかげでこの国はずっと守られてきたらしい。
当時は何で自分が婚約者に選ばれたのか不思議だったが、今分かった。
彼女が、異世界の少女が現れるまでの代役。結界を守らせるためだけの道具だったのだ。
異世界の少女が現れた以上、もう必要ない。
何故処刑までする必要があるのか分からないが、王命には逆らえない。
昔からそうだった。
昔から諦めが早かった。
無理だと思ったら、一歩引いてしまう性格だった。
リザエルは騎士隊に両腕を掴まれたまま、そんな自分の冷めた性格を改めて自覚した。
「それじゃあリザエル。次に会うのは三日後だな。牢屋で貴様の行いを悔いるがいい」
「ええ。それでは、ごきげんよう」
愉快そうに笑うフレイに、リザエルはお手本のような笑みを浮かべた。
リザエルを拘束している騎士が一瞬彼女の微笑みに掴んでいた手の力が緩んだが、すぐに掴み直して地下牢へと連れて行った。
去り際、ずっと傍にいてくれたメイドが大きな瞳から涙を零しているのが見えた。
唯一の心残りがあるとすれば、彼女のことだろう。彼女に被害が及ばないことを、冷たい地下るで祈るのみ。
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