第9話 三頭

「レイド殿。本当にこの道であっているのであろうな? 事前に聞いていた話では山を迂回していくという話だったが?」

「途中で洞窟を通るって言ったろ?」

「では、あとどれだけ登れば良いのだっ」

「あと少しだよ」

「くっ……だといいが、それにしても足場の悪いっ」


 日が登りきるより早く南の村を出た一行は、レイドを先頭に森を抜け、山道を進んでいた。


 レイドの傍にはサシュティアの副官であるラゼルディオが付き、さらにその後ろにサシュティア率いるハイエルフの兵と狼族の兵が続く。


「大熊が出るからな。狩人も滅多に入らない山だ。足場が悪いのは諦めてくれ」

「大熊だと!?」

「熊は臆病だからこれだけの人数で歩いてりゃ襲って来ないよ」


 慌てるラゼルディオとは対照的にレイドは悠々と澄まし顔で歩みを進める。


「ほら、見えてきたぞ。あそこが洞窟の入口だ。穴の中に入る前に飯にしよう。中は虫が出るからな」

「……本当にありましたか」

「当たり前だろ。それから、中に入る前にできれば隊列を変えておけ。万が一追手が来るなら後ろからだ。奴隷どもは弱すぎる。ケツに付けるならハイエルフの方がいい」

「進言はしておきます」

「あいよ。ああ……それからラゼル。これやるよ」

「それは――ボトルディオ様の」

「これは細くて俺には合わない。それに昨日、新しい剣も手に入れたしな」

「……二度と返さんぞ」

「お構いなく」


 それは本来のサシュティアの副官であったハイエルフの戦士ボトルディオの細剣だった。

 無造作に手渡されたそれに、ラゼルディオは微かな動揺を見せたあと、レイドの手から奪い取るようにして自らの腰に差した。


 互いに――レイドはどうかは知らないが、少なくともラゼルディオには――思う所が無い訳ではないだろう。

 しかし、生き残る為に下された決断の全ては重く、尊い犠牲を払っていた。



 休憩と共に少し早い昼食を済ませ、隊列を入れ替えた一行は洞窟の中へと進入する。


 レイドとラゼルディオが先頭なのは変わらず、そこに狼族の奴隷兵の指揮役であるアリオスが加わる。

 現有戦力の中で最も強い三人を先頭にして、全体の指揮官であるサシュティアが続き、狼族の兵が並び、ハイエルフの戦士たちが殿を務める。


「腹を壊して死にたくなければ洞窟の中の水は飲むな。毒をもった虫はいるが死ぬ程じゃないから適当に気をつけろ。ランタンを持ってる奴は火を消さないように注意しろ。馬が暴れるぞ」


 いざ、進軍を開始して穴の中へと入ったところでレイドから注意を促され、狼族もハイエルフも今更言うなとばかりに慌てた様子で周囲に気を配る。


「そういうのは早く言っちゃくれないか」

「他人の面倒を見るのは慣れてないんだよ。悪かったな」

「驚いた。アンタ、人に謝れるのか」

「ひとのことをなんだと思ってんだアリオス」

「俺も驚きました」

「ラゼルもかよ」


 先頭を行く男三人は軽口を叩きながらどんどんと先に進む。

 先ほどのレイドの言葉は、つまり簡単な注意さえしておけば、追手以外にこの洞窟の中に危険はないということだ。


 狼族とハイエルフに村を滅ぼされたレイド。

 ハイエルフの奴隷であり、レイドに同族を30人も殺されたアリオス。

 レイドとの契約の為に9人の同僚とひとりの敬愛する上官を失ったラゼルディオ。


 奇妙な関係性の三人はそれでも、互いに恨みつらみを言い合うでもなく、むしろ疑いを持ちつつも相手の懐を探ろうとする胆力のある者たちだ。


「ところでアリオスはなんでハイエルフの奴隷なんかしてるんだ?」

「俺は狼国ヴォルドガンブの出身だ。狼国は森国との戦争に負けた。俺たち奴隷兵は戦時中に森国に支配された領地で暮らしていたんだ。一時期は奴隷として森国側に仕えて同族とも殺し合いをした。それ以降、こうして国に戻ることもなくサシュティア殿下の元で森国の戦争に駆り出されている」

「なんだそりゃ。戦争は終わったんだろ? 帰れないにしてもなんで奴隷のままなんだ」

「……それは彼らの身を守るためです。狼国は我ら森国の属国となり、いまでは狼族を奴隷とすることは禁じられているんです。しかし、アリオス殿たちは狼国の者たちからすれば裏切り者、反逆者扱いだ。かと言って、森国のハイエルフはハイエルフ以外の種族に対して良い感情を持っていない。森国内であっても、彼らが我らハイエルフに恭順しているのだと、その首輪をもって立場を証明しているのです。いくら属国の者であっても森国の都市では狼族は長年の敵対国だったのだから、首輪もなく歩けば差別や暴力の的になります」

「へぇ。ハイエルフってのはやっぱりいい具合に腐ってんな」

「……レイド殿が知らぬだけで、どこの国でも変わりはありませんよ」

「それに、差別が一番酷いのは三人国。特に、最大の領土と最強の英雄を持つクエスガルマは人間種以外の全ての種族を亜人と称して排除してるんだぜ」


 アリオスの言う三人国とは、この世界で最も大きな領土を持つ12の国の内の3つの人間の国を示す。

 そして、そのなかでも最大の領土と軍事力を持っているのが森国と国境を隔てて隣接するクエスガルマである。


「どいつもこいつもクソ塗れってことか。それよりも、じゃあ森国に属してる狼族は全員首輪を外せないってことだよな?」

「そうだな」

「外してしまうとどんな目に遭うかわかりませんし、余計な問題が起こらぬように首輪を外さないようにと法も定められているので、外してしまえばどちらにしても罰は逃れられません」


 レイドの問いに答えるアリオスにラゼルディオが補足する。


「首輪ってのは全部同じ見た目じゃなきゃダメなのか?」

「そういう決まりはなかったかと思いますが……」

「別に俺は首輪なんてどれでも一緒だと思うが。それともアンタも首輪が欲しいのか?」

「違ぇよ。ミュミュにくれてやろうかと思ってな」

「は?」

「え?」

「なんだよ二人して」

「アンタ、メスに貢ごうとしてんのか?」

「レイド殿はてっきりただの強姦魔かと」

「人聞きが悪いにも程があるだろうてめぇら」

「悪い悪い。しかしなんだ、あのガキがそんなに良かったのか?」

「ああ、あれは良い女だ。手を出したら殺すぞ?」

「あんなガキに手なんか出さねーよ」

「意外とレイド殿は一途な方だったのでしょうか」

「いや、童貞だっただけだ。略奪の機会さえあれば色んな女を抱くつもりだ。お前らも次からは略奪するときゃ女は生け捕りにしろよな」

「アンタのことを、少しでもまともだと思いそうになった俺がバカだったよ」

「お、俺はハイエルフ以外の女なんかに興味はありませんからっ!」


 薄暗く苔むした悪臭の漂う洞窟の中、先頭を歩く三人の馬鹿な男の話に催す吐き気を堪えながら、サシュティアは一人、国に戻った後のことを考えていた。


 このまま無事に洞窟を抜け、森国の領土に戻ったあとは――再び国境に一番近い砦へと戻ることになる。


 そこに残してきた配下の兵は狼族が500だけ。


 生きて帰ったとして、再び戦場に戻ったとき、次はどのような命令が下されるかを考えるだけで憂鬱になる。


 眼前に差してきた陽光が照らす先は、果たして――

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