第8話 親愛
「あっ、あっ、あっ……ダメです! ご主人様ぁ……みゅ、ミュミュのソコそんなにしたらダメなのですぅ……はぁ、はぁ、ミュミュははじめてなのに、これ……すっごく良くて、頭が真っ白になってしまいましゅぅ……」
「そうか、奇遇だな。俺もこれが初めてってヤツだ。
「ありがとうございましゅ……あっあっ、ダメですソコ、深いところに当たって何も考えられなくなっちゃうっ! ご主人様好きですっ! 好きですぅ! ご主人様の初めてのお相手になれてミュミュはうれしくて、うれ、うれしくて……もう……イッ――――――――」
人国辺境西南、最果ての村。
本来の住人は皆姿を消したその村には、人国の領土であるにも関わらず、いまではハイエルフと狼族の軍勢が潜み、夜を明かしていた。
そんな民家の一つ。
夜中だというのに嬌声と木の軋む音が響くその家のドアを叩く者が居た。
「失礼。レイド殿。王女殿下より、少々騒ぎすぎだとの苦情が入っております。もう少しお静かにしていただけないでしょうか」
「おう悪いな! はじめてなもんで具合がわからなくて調子に乗っちまった! おいミュミュ、そこに座れ。今度は咥えてみろ」
「はいっ。あむ……はぁ……ご主人様ぁ……ご主人様のおいひいれすぅ」
「静かになったか!? ラゼルディオ!」
「……早めに済ませてお休みください。明け方には出発予定ですから、貴方に寝不足でいられては困るのです」
「そりゃあそうだ! 安心しろ! もう済む!」
「はふぅ……しゅごいぃ」
「その報告は不要です。では失礼」
ドアの向こうの気配が呆れたように去って行く。
「よしよし、良かったぞミュミュ。体を拭いてやるからこっちに来い」
「ふぇ? もうおしまいですかぁ?」
「お前、はじめる前はもう少しまともだっただろ。明日も仕事だ仕事。さっさと寝るんだよ」
「うぅ……だって、ご主人様がすごいんだもん」
「わかったからほら、どうすんだ? 仲間のとこに戻って寝るのか?」
「嫌です! ミュミュはご主人様とずっと一緒にいます!」
「じゃあさっさとこっち来い。火が使えねえんだ。裸のままじゃ風邪引いちまうぞ」
「はいですっ!」
ミュミュは狼族の奴隷兵である。
宣言通りに南の村を一切の血を流すことなく手に入れた褒美としてサシュティアから世話役としてレイドに宛てがわれた奴隷の中で一番胸の大きい女だ。
狼族の外見はほぼ人間だが、頭の上側に生えた獣耳、臀部から生えた獣の尾。
種族の多くは筋肉質で細身でがっしりとした体形なのだが、ミュミュはまだ若く、レイドと歳もひとつしか違わないこともあってか、顔には幼さが残り、人間の16才に比べて幾分か幼く見える。
細身で小柄だが、早熟な肉体は膨らみを増し、戦闘には不向き。
奴隷ではあるが前衛部隊には配属されず、同性の小間使いとしてセルティアに仕えていた。
狼族は前述のとおり細身の者が多く、レイドの要望に足りるのがミュミュしかおらず、セルティアは渋々ミュミュをレイドの世話係にしたのだが……獣人というのは己よりも強い雄に強く惹かれる性質がある。
そして獣人の中でも狼族は群れで暮らし、群れを率いる者には絶対的な忠誠を示す。
簡単に言えば、ミュミュはレイドに惚れてしまった。
レイドもまた、激動の一日を過ごしたストレスから手慰みに女を侍らせたいと考えていたが、はじめは戦々恐々としていたミュミュが次第にレイドに心を開き、アプローチをしてきたことで互いに
そうして、空には星が瞬き、地には闇の帳が降り、見張りの者を除いてハイエルフも、獣人も、人間もようやくの眠りにつく。
数刻。
穏やかな時が流れていった。
誰もが押し寄せる疲労に体を痛め、夢よりも悪夢のような現実にうなされながら、目を閉じていたときだった――
「――これは、いったいどういうことだ」
森の木に隠れて村の様子を窺っていた青年は、あまりにも平和な村の様子に思わず声を漏らしてしまう。
確かに、友が忠告した通りに村には不死人と獣人の兵の見張りが立っている。
姿の見えない者たちは村の家を占拠し中で身を休めているのだろう。
それにしても。
この村には少しも血の匂いもしなければ、争った形跡が感じられない。
それに。
「花は……どうしたんだよっ」
村の外れの丘。
急拵えの木の杭で作った真新しい墓には、萎びた一凛の花が風に吹き飛ばされまいと、花弁を揺らしながらも寄りそうように横たわっている。
一凛だ。
自分の後にもう一人、ここに花を添えに来た男がいるはずだった。
その花がない。
だと言うのに、村には争った形跡すらもない。
「あーあー。なんで戻って来ちゃったのかなぁ」
「――レイドッ!?」
背後から声を掛けられ、青年は慌てて腰に佩いた剣を抜く。
「ダメだろ、ちゃんと逃げてくれないと。俺が仕事を失敗したみたいじゃないか」
「な、何を言っているんだレイド。無事、だったんだよな? か、隠れていたんだよな?」
「あん? なんで俺が隠れなきゃならねーんだ。こそこそ隠れてたのはお前だろうが」
「嘘だろ、嘘だと言ってくれよレイド」
「ま、察しが悪い訳じゃないよな。お前頭良かったもんな。おかげで助かったけど……戻ってきちゃったら足し引きでマイナスだよな? リオン」
混乱し、震える手には大量の汗をかき、握っている剣の柄を取りこぼしてしまわないようにリオンは懸命に力を込める。
「裏切ったのか」
「別に。仕事をしただけだ」
「あいつらに村を売ったのか」
「それはついでだ。心配するな、すぐに出ていく」
「訳のわからないことをっ! それが裏切りでなくてなんだと言うんだ!」
「訳なんていちいち説明してらんねーだろう。誰が何して、何で巻き込まれて、何で死ぬのか。世の中いちいち教えちゃくれねえもんだよ」
「お前は何を言っている?」
「話すのが面倒だからごまかしてる」
「ふざけるなっ!」
リオンが剣を振りかぶる。
構えは確かに、レイドが叔父から習ったものと同じに見える。
ただし、怯えと疑心に揺らいだ剣はぎこちなく。
「お前……そんなに弱かったか?」
ふらりと一歩踏み出したレイドにあっさりと躱され、距離を詰められる。
「わからないよな。どうして死ぬのか。説明してやりたいところだけど、多分わかって貰えないし、話しても無駄だと思うんだ」
「やめ、やめてくれ、レイド」
「戻ってこないでくれたら生きていられたのにな」
「だって……義務って、役目だって、きみが」
「他人の覚悟に寄りかかって正義なんて抱くもんじゃないな。いい教訓になったよ。お前の失敗は俺の中で生きていくよ」
「ああ……レイド、友達だと、思ったのに」
「違っちまったな」
「あ――」
空振りした剣はとうに奪い取られ、リオンの腹に突き立てられていたそれがゆっくりと押し込められる。
リオンの父が打った渾身の剣は、容易くリオンの守護を破り、背を貫いた。
引き戻される刃は守護と皮の内、胃から膵臓、腸を丁寧に切り裂いた。
村の皆を送り届け、ひとり暗闇の森を駆け抜けて友の為に戻った青年は、愛した女の墓標の前に頽れた。
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