第4話 問答

「俺のことを騙したな?」

「なんの話だ」


 レイドの問いに四肢の半分以上を失い、殆ど瀕死に近いボトルディオが呼吸を乱しながら問い返す。


「あいつらがお前の言ってた本隊だろ」

「そうだな」

「見たところ不死人シナズが30、奴隷がそれより多いくらいじゃないか」


 村の入口までボトルディオを引き摺って移動して本隊の到着を待つこと暫し。

 街道とも呼べないような踏み固められただけの道の向こうから警戒しながら近づいて来る人の群れがあった。


「あれだけの数なら貴様なら勝てると思うか?」

「少なくとも半分以上は殺れる」

「それだけ痛手を与えればあちらもわざわざ貴様と戦闘しようとは思わないかもしれないな……だが、実際には負けるのは貴様の方だ」

「お前と同じ不死人ならなんとかなるだろ」

「我らハイエルフの力の本質は貴様のような暴力ではない。破壊の力を共鳴させ、神獣を召喚して戦うのだ。貴様がいくら強かろうと神獣と共に戦う軍に一人では勝てん。ああ、それと……いい加減その人間どもの差別的な呼び名を使うのはやめろ」


 神獣召喚。

 それは破壊の力のレイドとは異なる使い方。

 力の形は使い手により異なり、レイドのように身体の能力を向上させるだけではなく、ボトルディオのように武具に影響を及ぼしたり、大勢の力を合わせることで、力の化身を生み出すことさえできる。


不死人シナズとはハイエルフのことを侮蔑するために教養のない人間どもが勝手に作った言葉だ。貴様がそれを改めなければ、交渉をまとめる妨げになる」

「俺はまさにその教養のない田舎者なもんでな。わかった。それじゃあハイエルフのボトルディオさんはさっさとこの状況をどうにかしてくれよ、なっ!」

「……っおい!」


 地べたに座り込んでいたレイド目掛けて飛んできた矢を引っ掴んで投げ捨てる。

 その後、再度こちらを睨むハイエルフたちが弓に矢を番えたのを見て、レイドはボトルディオの右腕を掴んで吊るすように持ち上げることで自分の身を隠す盾にする。


 盾にされたボトルディオは堪ったものではないと慌てて、自力で唯一動かせる口を大きく開く。


「全員攻撃を止めよ! この男と争うな! 我らの目的を忘れてはならんっ!! くっ……ごほっがはっ」


 大声を出したことで肺が軋む。

 腹に力を入れたせいで押し上げられた血が逆流して喀血し、喉が衝撃で擦り切れる。


 それでもボトルディオは未だ警戒を解かない仲間に声を上げる。


「先遣隊隊長ボトルディオ・ラマルゼールだ! 私は間もなく死ぬ! これは私の最後の命である! 全員武器を降ろせ!」

「……」


 そんなボトルディオの痛ましい姿に、レイドは僅かに感服する。

 気まぐれに話を聞いてやることにしてしまったときはこのようなことを想定していなかったので、本隊とやらの人数が予想よりも少なかったときは謀られたかと思ったが、どうにもこのハイエルフの男の争いを止めたいというのは嘘ではないらしい。


「ボトルディオ! 最後の命とはどういうことかっ! なぜそのような姿になっている! 他の者たちはどうしたっ!」


 レイドたちと対峙する軍勢の中から、一人のハイエルフの女が前に出て右腕を横に払うと、軍勢は武器を降ろした。


 誰もがそのハイエルフの女をじっと黙って見つめている。


「サシュティア王女殿下! 申し訳ございません! 我ら先遣隊の任務は失敗です! 誠にお恥ずかしながら、お預かりした狼族三十を失い、私もこの有り様です! この男は……嘘か誠かはわかりませんが、人国英雄ロンド・ニールの落とし子! 真偽はともかく、その実力は本物にございます! ここで争えば無駄に大勢の人死にが出ます! この者とは私の命と引き換えに皆には手を出さぬように約束を取り付けております! どうか、どうか私の最後の願いを聞いては下さりませんでしょうか!」

「……おい」


 話は聞くとは言ったがそんな約束はしていない。

 レイドは呆れの混じった目を向けるが、ボトルディオはそれに応えず、ただ待っている。


 騒めき。

 逡巡。


「全隊! 武器を降ろして私に続けッ!」


 ボトルディオの目はもう視力の殆どを失い、僅かに離れた道の向こうにいる仲間たちの顔がどんなものかはわからない。

 ただ、鋭い聴覚が同胞たちの困惑の騒めきを聞き取り、そして己の主たるサシュティア王女の決意の籠った美声の響きに安堵した。


 ハイエルフの王女サシュティアに率いられた凡そ八十の軍勢がゆっくりと近づいてくる。

 砂を踏む音が鳴り、怯えた森の小動物の鳴き声が遠くから響く。


「全員止まれっ!」


 レイドとサシュティア軍の距離は互いが剣を伸ばしても辛うじて触れぬ程度まで近づいた。


「ボトルディオ……なんという姿だ。他の者は皆死んだのか?」

「申し訳ございません。殿下」

「そうか、本当にみんな逝ってしまったか」


 レイドに背を支えられてどうにか座位を保っているボトルディオの沈痛な表情に、サシュティアの顔も歪む。


「そこのお前」

「なんだ」

「ロンド・ニールの落胤というのは真実か」

「種はそうらしい。会ったこともないけどな」

「……この村の生まれか」

「そうだ。今朝までこの村で母さんと二人暮らしだった」

「母親はどこだ」

「母さんも叔父さんも友人も隣の爺さんも他のみんな全員お前の手下に殺されたよ」

「それで私の部下を殺したのか」

「お前の部下かどうかは知らんが犬の奴隷は殺したな。あと、こいつも殺す」


 冷たく無表情に問い掛けるサシュティア。

 そんなサシュティアにレイドはただ事実だけを答えていく。


「それは許さん」

「ならお前も殺――」

「殿下。見ての通り私の体はもうもちません。両脚と左腕を失い、腹の中身ももういくつかは潰れています。この村に我らが撒いた火種はこの命を以って吹き消します。どうか、この村のことなど忘れて先へ進んでくださいませ」

「今、目の前に生きている同胞がいるというのに王女である私に見捨てろと言うのか」

「そうです。今の私の価値など、奴隷の兵よりも小さい。そのような者のせいで、兵を減らすなどあってはなりません。一人でも多くの兵とセルティアにお帰りください」


 レイドの言葉を妨げるようにボトルディオは会話に割って入り、レイドに余計なことを言わせまいと痛みを堪えながら捲し上げる。


 喋る度にしわがれていく声が痛ましい。


「そういうことだ。殺されたくなければさっさと消えろ」


 それを何とも思わずに口を挟むのがレイドである。


「そちらこそ、死にたくないのであれば見逃してやろう。何処へでも消えるが良い。我らは死にゆく同胞を一人で逝かせはしない」

「何言ってんだお前。ここは俺の村だぞ」

「皆死んでいるではないか。ここに残る理由はあるまい?」

「ならさっさとこいつを殺しちまえばお前らが村に残る理由もなくなるだろ?」


 ボトルディオが辛うじて座位を保っているのはレイドがその手でボトルディオの背を支えてやっているからだ。

 ほんの少し力を加えるだけでボトルディオを殺すことなど容易なことだ。


「……殿下。お気持ちは有難く。しかし、どうか正しいご判断を」


 ボトルディオはもう頭を下げる余力もない。

 否、一度下げてしまえばもうその頭を上げることは二度とないであろうことを自覚している。


「お前、名は何という」

「レイドだ。レイド・ニール」

「レイド。お前は人間の軍に所属しているのか?」

「俺はこの村の兵士見習いだ。兵士つっても国から正式に任命されてたのは叔父さんだけで、俺は有志でしかないけどな」

「ならば人国に忠義はあるか?」

「無いな」

「我が国に恨みは?」

「無いな」

「我らには有るか?」

「そりゃあるに決まってるだろ」

「親にはどうだ?」

「母さんを恨んだことなんて一度もねぇよ」

「そっちではない。父親の方だ」

「あるな」

「我らと父親とどちらが憎い?」

「あん?」

「どちらだ」


 サシュティアの問いに、適当に、思案することもなく口に出るに任せて応えていたレイドが言葉に詰まる。


 問いの理由もわからなければ、自分がなぜこんな女の相手をしているのかもわからない。


 レイドは別にハイエルフに恨みはないが、村を襲われた恨みはある。

 しかし、村を襲った狼族の奴隷は皆殺し、ボトルディオの命運も直に尽きる。

 直接の怨みはもう晴らしたと言っても良いのかもしれない。


 では発端となったハイエルフと人間の戦争はどうか。

 わからない。

 何故戦争をしているのかも知らなければ、興味もない。


 父親はどうだ。

 母を捨てたことは許せないが、レイドは母と二人の暮らしを嫌だと思ったことはない。

 父親など、今日その名を聞くまで自分とは無縁の人間だと思っていた。


 そう


 この戦火のもう一つの原因である人国側の軍勢を率いるのが、自分の異父兄であり、ロンド・ニールの血を引くその息子であると知るまでは。


「あんたらよりは父上殿の方が憎いかな」

「ならば、レイド。人国を捨て私の配下になれ」


 サシュティアが告げたのは、レイドにとって思いもしなかった言葉であった。

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