ラプンツェルは塔の中

 高い塔から見えるものは、森と山。

 代り映えのない景色に、ラプンツェルはため息をついた。

 塔の一室。朝起きて、鏡を入念に磨く。あとは、長い髪の手入れをして、お母さんが帰ってくるのを待つだけ。

 高い塔は外敵からラプンツェルを守ってくれる。同時に、森に隠された塔に訪問者はいない。

 来る日も来る日も、おんなじ毎日おんなじ日常。

 食べ物も遊び道具も洋服も、母に与えられたものはみな飽きてしまった。

 かわいいかわいいラプンツェル、とかわいがってくれる母も、仕事で飛び回り帰ってこない。

 ラプンツェルは退屈な日々に、ため息をついた。


 誰か私のもとに飛び込んでこないかしら。


 そんな願いが、天に届いたのだろうか。

 ある日塔の下に一人の男が現れた。

 男は隣国の王子だった。

 そして、王子は塔の窓から覗く女性に恋をした。

 いったいどのような女性なのか。いったいなぜそのような場所にいるのか。

 ラプンツェルを知りたいと思った王子は、毎日密やかに塔を訪れ、森の外の話をした。


 そんな王子に、ラプンツェルもまた心を惹かれた。

 塔には窓以外の出入り口はない。

 王子を招きいれるため、ラプンツェルは長い髪を垂らした。

 塔から地面へと届いても、まだ余剰のある長い髪をつたい、王子はラプンツェルの元にたどり着いた。


 ラプンツェルは王子の存在に歓喜した。

 同じ毎日を繰り返すだけの日々に、ようやく終わりが訪れた。

 そして新しく始まるのは、いったいどんな生活なのだろうか。

 ラプンツェルと王子はその日、仲睦まじい時間を過ごした。


 だがそんな時間は長くは続かなかった。

 ラプンツェルの母が帰ってきてしまうからだ。

 母はラプンツェルの不貞を決して許さない。

 それを王子に伝えると、王子は勇ましい表情で必ずやラプンツェルを塔から連れ出すことを約束した。


 そして母は帰ってきた。

「ラプンツェル」

 母は上機嫌でラプンツェルを呼ぶ。

「ラプンツェル。ラプンツェル。私のかわいい娘。おまえのきれいな髪を私に貸しておくれ」

 母の呼びかけに答えるように、ラプンツェルは長い髪を垂らす。

 くん、と下で髪を引く感触がした。

 塔を登る音が近づいてくる。

 王子は剣を抜いた。

 そしてラプンツェルの髪をすっぱりと切ってしまった。

 ダーンッと激しい音が響く。

 母が地面にたたきつけられた音だ。

 これでラプンツェルを縛るものはいなくなった。

 二人は抱き合い、外の世界へ向かおうとする。


「ラプンツェル」


 呼びかけられた。

 いつものように、日常的に。

 その声は、母の声だった。


「ラプンツェル、どうして」


 磨かれた鏡が波紋を浮かせて歪む。

 歪んだ景色。その向こうにいたのは、落ちて死んだはずの母だった。


「ラプンツェル、あんなに愛してあげたのに」


 母は鏡の向こうから実体として現れる。

 ラプンツェルと王子は驚愕し抱き合った。

 こんなものは人間にはできない。こんなものは人間ではない。あれは、あれは魔女だ。


「ラプンツェル、あなたは悪い子ね」


 魔女はゆっくりと指をさす。

 二人は石のように硬直し動けなくなった。

「悪い子には、お仕置きよ」

 二人の体が見えない力で浮かされる。

 すい、とそのまま窓の外へと運ばれてゆく。

「お母さま」

 ラプンツェルはかろうじて母を呼ぶ。

 しかし魔女はにこりと微笑んだ。

「私に悪い娘はいらないわ」

 魔女の手がゆっくりと下がる。

 二人は外の世界へ放り出された。


 激しい音に、魔女は気を取られることはなかった。

 もはやあの二人のことは意識の外。ゆっくりと鏡へ向かう。

「鏡よ鏡、鏡さん。この世でもっとも美しく育つ赤子はどのこ?」

「昨日産まれました隣国の末の姫です」

「まあ」

 映し出されたかわいらしい赤子に、魔女は笑む。

「次の娘はこのこね。いいこに育ってくれるといいのだけれど」

 魔女はかわいい娘を迎えに行くため、鏡の中へ身を投じる。


 あとに残されたのは高い塔と二人の遺体。

 その肉体も、森の土に飲み込まれていった。

 森は何もかも包み隠す。高い塔も。魔女の存在も。何重にも積み重ねられた男女の死体すらも。

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