いっぱい食べる君が好き (※異物混入はいたしません)

「はい!田中くん!」

「おお!ありがと!」

 私が差し出した重箱のようなお弁当を、田中くんはまぶしい笑顔で受け取ってくれた。

「食ってもいいか?」

「もちろん!」

 野球部の練習でお腹を空かせた田中くんのために作ったのだ。お腹いっぱい食べてほしい。

「うまっ」

 お米とお肉でほおを膨らませた田中くんは、目を輝かせてうまいうまいと言ってくれる。

 豪快に食べる様子は気持ちがいい。

 私も、手塩にかけて作ったかいがあった。

 田中くんが好きなお肉をたっぷり使った。唐揚げや生姜焼き、ハンバーグ。田中くんは本当においしそうに完食してくれた。

 私は、たくさんおいしそうに食べてくれる田中くんが大好きだ。




「最近、腹回りの肉ついてきちゃったかな」

「えー恰幅がよくていいと思うけどなー?」

 大学に進学して私たちは同棲を始めた。

 田中くんは毎日私の作ったものを食べてくれる。

 メニューはいつも田中くんが大好きなもの。田中くんはよく食べるから、肉料理だけでなくラーメンやピザなど私の作るバリエーションも増えた。もちろんデザート付き。

「ま、動けばいいか」

「じゃあ今度一緒に海行く?私お弁当作るからさ」

「お、それいいなー」

 田中くんはいっぱい食べることろも魅力的だから、太っててもいいと思う。




「ママの作るご飯はいつもうまいなー」

「うまいなー」

 田中くんは息子と一緒にご飯をほおばる。息子は田中くんの真似をしてうまいうまいとたべっぷりがいい。

 大学卒業後、私たちは結婚して子供も二人でき、お互いをパパ、ママと呼び合うようになった。

 5歳の息子は田中くんと一緒でよく食べるかわいい子に育っている。

 1歳の娘も食べることがだいすきだ。ベビーせんべいを握りながら離乳食のスプーンを追いかけている。

 二人ににこにこしながら、田中くんは頬肉を揺らしてご飯を掻き込んだ。

 社会人になった田中くんはお肉がたくさんついてきた。

 そんな田中くんが私は大好き。



「今日ご飯いらないから」

 中学生になった娘の言葉に、私は絶句した。

「どうしたの?どこか具合でも悪いの?」

「いらないっていってんの」

 機嫌の悪そうな娘に、私は心配だった。食事中の田中くんも、息子も箸を止めてこちらを心配している。

「ダイエットするからいらない」

「ダイエットなんて、必要ないでしょう?」

 私は娘の言葉に首を横に振る。

 娘も肉付きがよく、たくさん食べる子だ。そんな子がダイエットだなんて、想像するだけでもかわいそうで仕方がない。

「ちょっとだけでも、お腹にいれたら?」

 と席に座らせようとする。

「いらないっていってるでしょ!私は豚になんかなりたくないの!!」

 と娘は激しく怒り自室にこもってしまった。

 私はほとほと困り果てた。




「さあ今日はいつもにまして腕を振るいましたからね」

「ありがとう母さん」

「おおー!うまそうだ!」

 テーブルに並ぶごちそうを前に息子も田中くんもにこにこしている。

 今日は息子の就職祝いと、娘の進学祝いを兼ねたホームパーティー。

 立派に育ってくれた子供たちに、私は嬉しくて仕方がなかった。せっかくだからたくさん食べてほしい。

「ね、今日くらいは一緒に食べましょう?」

 不機嫌そうな娘に酢豚をよそる。

 中学の頃からダイエットを始めた娘は、あの日以降自分でご飯を作るようになり、食卓も一緒に囲むことはなくなってしまった。

 その成果か今ではすっかり体は

が細くなってしまって、心配してしまう。

 娘は大学の進学に合わせて家を出てしまうため、せめて最後くらいは、と私は思った。

「わかったよ」

 娘は箸を取ってくれた。

「でもね、お母さん」

「なあに?」

 娘は田中くんと息子をちらりと見た。

 息子は昔の田中くんのように恰幅よく育っている。社会人のラグビークラブに所属しているとたびたび聞いている。

 田中くんは出世をして貫禄がついた。今ではお腹がつっかえて靴に手が届かないなどかわいいところが増えた。

 二人ともたくさん食べてくれるから私はとてもうれしい。

「私が卒業して、栄養士の資格取ったら絶対献立は私の言う通りにしてもらうんだからね」

「まあ、楽しみだわ」

 娘が学校でどんな成長をするのか、私はにこにこと笑った。

「ほんっとのんきなんだから」

 娘はため息をつきながらも、ご飯を食べてくれた。




「さあ乾杯しましょう」

「おお、おまえの料理はほんとうにうまそうだ!今日もたくさん食べるぞー!」

 乾杯をするや否や、田中くんはビールを一気に飲み干しがつがつと目の前の食事にのめり込んだ。

 今日は私たちの結婚記念日。腕によりをかけた料理に田中くんは夢中になってくれる。

 息子も娘も家を出たため、私たちはあなた、おまえと呼び合うようになった。

 これからもいろんな呼び方で呼んでくれる田中くんがたくさん料理を食べてくれるように、私は愛情を込めてごちそうを作った。

 ステーキ、ハンバーグ、ビーフシチュー。

 唐揚げ、トンカツ、エビフライ。

 ピラフに炒飯。

 ドーナツ、ショートケーキ、アイスクリーム。

 たくさんたくさん食べてくれる田中くんが私は大好き。

 最近では体重計が振り切ってしまうけれど、そんなオチャメなところも大好き。

 いっぱい食べるあなたが大好きなのよ。


 そういえば娘もそろそろ栄養士の試験を受ける頃かしら。

 肥満患者のためにはたらくってはりきっていたわね。ほんと、立派な子。






『肥満は糖尿病や脂質異常症・高血圧症・心血管疾患などの生活習慣病をはじめとして数多くの疾患のもととなります。食生活の見直しと併せて継続的に運動を取り入れることが肥満の予防につながります。』

(引用:厚生労働省)

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