ねえ、せんせい

「ねえ、せんせい」


 足りない腕を伸ばすと、せんせいは苦い笑みで私を抱き上げてくれた。

 私は足も足りないから、せんせいには軽々なのよ。

 せんせいの腕に、私はたまらず肘から先の無い腕を目の前の首に回す。

 うまくできないが、せんせいはそんな私を抱えてくれた。

 嬉しい私は、せんせいの固い髭の生えた頬にすり寄る。


「今朝はサンドイッチ?」


 ホットの、と問えば、せんせいは正解だと抱き締めてくれた。

 コーヒーも一緒だ、というせんせいに、ミルクと砂糖はたっぷりがいいわ、と私は甘える。

 もちろん、と答えるせんせいは私を連れてゆく。

 でもそちらはリビングではない。

 今日は外で食べよう、と笑むせんせいの顔は抱き抱えられた見えない。

 そう、と私は鈴を転がすように笑った。

 別にいいもの。


 せんせいは私を助手席に乗せた。

 せんせいは運転席。

 シャッターが軋みをあげて開く。

 この車が日を浴びるのはいつぶりかしら。

 せんせいはもっと長く運転していないわ。


 それでもせんせいの運転は順調ね。

 緊張しているのに、さすがだわせんせいは。

 ああ、ちょうど登校の時刻なのね。

 子供たちがはしゃいで楽しそう。

 もちろん私はせんせいと一緒にいられるだけで嬉しいわ。

 でもこの車でこんな時刻に運転することはよくなかったのね。

 思い出してしまったんでしょう、せんせい。

 なんて不運なことなのかしら。あのときも今日みたいな晴天だったわ。

 でも晴れていたから、あのときせんせいが運転していた車を見つけられたの。

 ちょうど登校中。せんせいを見つけて立ち止まったの。

 そうしたらせんせい、ハンドルを切り損ねてしまったのよね。

 ええ、わかっているわ。強い光が反射してきたのでしょう?

 せんせいが、私を見た方向から。

 せんせいはそれが何かわからなかったでしょうね。

 あっという間のことだったもの。

 車が歩道へ乗り上げたのも。

 私の体が宙を舞ったのも。

 せんせいはすぐに起きてくれた。

 私を探してくれた。

 それで見てしまったものね。

 道路に投げ出された私の足が、対向車に潰される瞬間を。

 さすがにこれは計算外だったのよ。

 道路にまで飛ばされて、腕も潰れて動けない私に気付かなかった車にひかれるなんて。

 二次被害を受ける気はなかったわ。

 まさか両手も両足もなくすなんて。

 でも怪我の功名っていうものね。

 嬉しかったの。

 せんせいがずっと私のそばにいてくれるようになって。

 せんせいが、罪悪感にからめとられてくれて。


 でもせんせい。

 悪いことをしたら幸せなんて続かないものね。

 だってせんせい気付いてしまったのでしょう?

 車が海へ向かっていることなんて気付いていたんだから。

 サンドイッチもコーヒーもないことくらい気付いてたんだから。


 かわいいせんせい。

 そんなせんせいも大好きよ。


 だから


「私を見捨てないでね せんせい」

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