いないいない

 俺は、妹の顔を知らない。


 俺には5歳年下の妹がいる。

 最初に会ったときには、父親の腕に抱かれていた。

 父は子煩悩だった。

 後から聞いた話では、娘を特に欲しがっていたらしい。

 妹の育児の中心には父がいた。

 俺の記憶の中で、父は大きな手でいつも妹を抱っこしていた。

 母が妹に触れるときは、授乳のときくらいだったと、母本人がそう呟いていた。


 俺が6歳になるころには父と母が離婚した。

 原因は性格の不一致と聞いている。

 正確なところは不明だが、おそらくは妹の育児が発端だと察している。


 そして、妹と再会したのは14年後、父の葬式だった。

 現代で考えるとかなり若く死んだ父の死因は、事故だったと聞いている。

 俺は母の代わりに葬儀へ向かった。

 喪主は父の両親だった。

 そのとき、妹と14年ぶりの再会を果たした。


 あのときの衝撃は忘れない。


 妹の顔を見ることができなかった。

 俺の目がおかしくなったとか、悲しみのあまり見れなかったというわけではない。

 妹の顔を覆うように大きな腕が巻き付いていた。


 当初は何かのいたずら、冗談だと思った。

 しかし周囲の様子から、妹の顔を覆うものは俺にしか見えていないのだと気づいた。


 俺は確信がないが、その腕が父だと予想を立てることはひどく簡単だった。

 いや、直感がそう語っていた。


 異常に巻き込まれている妹を助けようとすることは、恐らく人間として普通だと俺は思う。

 俺は妹をありとあらゆる霊能者やら霊媒師やらの元へ連れて行った。

 しかしほとんどの者たちには門前払いを食らった。

 柔和に受け入れたやつらはただの詐欺師だった。

 唯一快く引き受けた、主婦にしか見えない霊能者がいた。しかし彼女はすぐに連絡が取れなくなった。


 そして俺たちはある寺にたどり着いた。

 その寺の住職は、お祓いはできないものの俺たちに霊の要因を語った。


 妹にとりついているものは、確かに俺たちの父である。

 そして父の霊は妹に非常な執着を持っている。

 またそれだけでなく、妹はその執着を受け入れている。

 だから父の霊を誰にも祓うことはできない。

 誰も打ち勝つことはできない。

 父の霊は、いや父は生前死後あまりにも多くの人を殺めすぎた。

 その魂は人間ではなく鬼、そう形容すべきものへと変質している。

 このままでは多くの人に害を成すが、それを避けるすべはない。


 そう答え父の霊に殺される住職を見た瞬間、俺はあきらめた。

 もう俺には何もできまい。

 顔も知らぬ妹にも、してやることは何もない。

 

 父は今、息子である俺でさえも手にかけようとしているのだから。

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