sieve008 貴方の名前は?

ハッチをくぐり抜けると、そこは戦闘機の格納庫だった。

天井からアームが伸びてきて、スフィンクスの背中をロックする。

まるで紐で吊るされた人形のような形だ。


格納庫の形は長方体に近く、左右の壁に戦闘機の待機スペースがそれぞれ三機分あった。

そして今僕らが通ってきたハッチ側には、帰還した戦闘機を振り分けるスペースが、

奥側には戦闘機用のエレベーターがあった。船の上面のカタパルトに通じているんだろう。


さっき生き残った唯一の真っ赤なパラディオンは、右の列 一番手前のスペースに固定されていた。


「ワーズ少尉。このままだと、私もあそこに固定されてしまいます。

もしものことを考えるなら、それは避けたい。」

「そうだな、規格外の機体用の退避スペースがある。そこに止めさせてもらおう。」


『オペレーター。

このスフィンクスはパラディオンとは規格が共通じゃない。

退避スペースに仮止めしてくれ。』

格納庫のアームを操作しているオペレーターから、了解と返事が返ってくる。


今更になって、彼女のことを話すんじゃなかったと思った。

話さなければ何も怪しまれずに、彼女をコックピックに隠したままでおけたのに、と。


スフィンクスを掴んだアームはゆっくりと右にスライドし、

そのまま格納庫の片隅に寄って行く。

そして一番端に着いたところで、

僕はスフィンクスを操作し、足を折りたたみ、正座のような形にした。


それを確認したオペレーターは床ぎりぎりまでスフィンクスを下ろし始める。


十分に床に近づいたところで停止し、床からワイヤーが延び、

両足の膝先とつま先、そして背中の計五か所をロックした。

そしてワイヤーはゆっくりと縮み、じきにギッチリと締め上がり、

スフィンクスを床にしっかりと固定した。


本当なら上半身も、まさにスフィンクスのように折りたたむことができるが、

もしもの時にすぐに動けるよう、レールガンは右手のレールガンは手持ちのまま、

少し脇を締めるぐらいに留めておいた。


「スフィンクス1。固定完了だ。エアももうありますから、そのまま出てもらっても結構ですよ。」

オペレーターから連絡が入る。

僕はそれに返事をして、コックピットを出る準備をする。

自分のシートベルトを外し終わると、

彼女もベルトを外して一緒に外に出ようとしているのに気づいて、

少し慌てて彼女の両肩を掴んだ。


「一旦君は残しておく。何かあったら困るから。」

(い・や)

彼女は笑顔で、僕に意思表示をしてきた。

「だめ!」

僕は彼女をメインシートの中に押し込み、抵抗されるまえに、素早くシートベルトで固定した。

「スフィンクス、ベルトをロックだ。」

「了解しました。」


彼女はヘルメットが無ければ、

今にも噛みついてきそうな表情を浮かべたあと、

ベルトを掴んで抵抗の意思を示す。


「申し訳ありませんが、私もワーズ少尉の判断に同意します。

ここが一番安全です。一緒にお留守番をお願い致します。」


(何があっても、置いてはいかないからね。)

彼女は先ほどの噛みつきそうな表情のまま、そう書いた電子ノートを見せてきた。


「そうだね。頼むよ。」

僕はそう言ってから、シートの真下へまわりこもうと体を捻らせた。

その中には食べ物や水以外にも、拳銃も入っている。

パイロットが任務中は、拳銃の携帯が普通だ。さほど怪しまれもしないだろう。

いざとなれば、必要になるかも知れない。

だが、フタを開けても、そこには何もなかった。


―取り外されている!


どうして? と思った矢先、ヘルメットにコツコツと何かが当たる。

僕がその叩かれた方を見ると、彼女がホルスターに入った拳銃で僕の頭を叩いていた。


僕は彼女にも分かるように大袈裟にため息をつきながら、その拳銃を引っ掴む。

そしてホルスターごと、パイロットスーツの胸の部分に引っ付けた。

「じゃあ行ってくる。」

コックピックのハッチを開け、格納庫の床目掛けて漂い出る。振り返ると、

(Good Luck!)

彼女はそう書いた電子ノートを片手に、もう片方の手で敬礼をしていた。


僕はコックピットのハッチが閉まるのを確認してから、もう一度格納庫のほうへ顔を向ける。

そしてゆっくりと、スフィンクスの足元の床に着地した。

磁気床が機能して、足が床にくっつく。


少し離れた前方に、作業スーツ姿のクルーらしき人間が二人いた。


「動くな!」


僕が着地すると同時にその二人は銃を取り出していた。

動くなと言った方は、しっかりと両手で拳銃を握りこみ、銃口は真っすぐに僕に向いていた。

もう片方はフルオート射撃もできそうなライフルをしっかりと構えて、

スコープで僕の一挙一動を見逃すまいとしていた。


僕が胸の拳銃に手をかけようものなら、

きっとホルスターから抜く前に撃ち殺されてしまうだろう。

ここはあきらめて、僕はゆっくりと手を挙げ、抵抗の意思が無いことを示す。


「銃を指二本だけで、ゆっくりと抜きなさい。そして遠くにやるの!」

僕は指示どおり、ゆっくりと拳銃を引き抜き、できる限り小さな力で上へ向けて押し出した。


「ありがとう!」

二人とも僕から距離を取っていたので、大声を出していたが、その声は努めて穏やかだった。

「私は船長のニャットだ。隣は副長のキー。まずは礼を言うわー。」

「私たちを、このパスファインダーを助けてくれて本当にありがとう、貴方のお陰で命拾いした。」


「貴方、名前は?」

「コハク・ワーズ少尉だ!」


「ワーズ少尉ね。だから、こんなふうに手荒い歓迎になって本当にすまないと思っている。

だが、敵意はない。私たちは貴方が本当に保安部隊の人間かどうかを確認したいだけなの。

私が知っている限り、貴方が話していたようなテスト航行は知らないし、

貴方の乗ってきた戦闘機は保安部隊のパラディオンでもない。

疑う気持ち、分かるわよね?」

「万が一、君が海賊だったら、困ったことになる、だから先に確かめさせてもらうわ。」


「確かめるって、どうやって!」

「機体のログを見させてもらうわ!」


ログはまずい。ログだけはまずいと思った。何がどこまで残っているか分からない。

脱走どころか、彼女との研究テストのログが残っていたら?

どうなるにしろ、ややこしい事になるのは間違いない。

いかなる情報も渡せない、特に彼女に興味を抱かせるわけにはいかないと思った。


「無理だ! 保安部隊の機体の中身は、一般人は開けない。

開けたとして、それをした人間も、手引きした社籍軍人も、

どっちも処罰の対象だ。やめておけ!」

ATHENAにログの削除をさせるか、そうさせるしかないか。

だが、それは根本的にはなんの解決にもならなかった。


「それと、もう一人のエンジニアさん。その人も今すぐに出るように言って!」

「彼女は宇宙酔いしているんだ、そっとしてやりたい!」

「なら薬をあげます。早く降りるように言いなさい!」


何か誤魔化す方法を思案している時に、

格納庫の右側の壁にある、人間用の出入口のハッチが急に開いた。


そこには小さな子供が寝巻のままで立っていた。

そして目を大きくキラキラと輝かせ、格納庫に漂い込んできた。

「ニカ! 何やってるの! さっさと戻りなさい!」


船長を名乗った女性は声を荒げ叫んだ。

そして僕と子供を交互に見やりながら、その子供のほうに急いで飛んでいく。

キーと呼ばれた副長も、ライフルの銃口こそ僕から外さなかったが構えが落ち着かなくなり、

頭がそちらを向きたくて仕方ないといった感じで、すっかり子供に気を取られていた。


僕は心の中でATHENAの名前を叫んでいた。

―チャンスは今しかないぞ!


僕は床に映りこむスフィンクスの影がいつ動き出してくれるかと、じっと目を凝らしていた。

そして子供が叱られたと思って大泣きを始めたとき、

副長のヘルメットがライフルのスコープから少しずれたその瞬間に、

スフィンクスの左手が僕を囲むよう急落下してきた。


床がひしゃげ、破片が飛び散る。

僕は待ってましたと、体を床に出来る限りくっ付け、

そのままスフィンクスの手の平に向かって飛び込んだ。

格納庫に激しくライフルの射撃音が響き渡る。

スフィンクスの指をすり抜け、何発かがこちら側に貫通してくる。


『撃つのを止めてください! 私たちに戦闘の意思はありません!』

―!?


スフィンクスのスピーカーから聞こえてきた声は、

予想に反してATHENAの声ではなく、

メインシートに括り付けてきた彼女の声だった。


『繰り返します。私たちに戦闘の意思はありません!』


スフィンクスの手のひらに身を預けたあと、

スフィンクスの左手に当たって跳ね返ってきた、自分の拳銃を手に握り、

指の隙間からそっと反対側を除く。

副長は体を強張らせ、ライフルを所在なさげに僕が隠れているところに向けていた。

船長の方も、子供を背中に回して守りながら、副長と同じように拳銃はもはや持っているだけ、といった感じだった。


『ニャット船長。キー副長。こんなことをして申し訳ありません。

私たちはいざとなれば無理やりにでも脱出する用意があります。

今すぐに格納庫のハッチを壊して、外へ戻ることもできます。

でもそれはしたくない。

言っている意味、分かって頂けますよね。』


彼女は左手のプラズマセーバーを起動し、壁際を多少焦げ付かせながら言った。

僕は迷い込んできた子供が、スーツを着ていないことを改めて確認していた。


久しぶりに聞いた彼女の声は、記憶と変わらずハンドベルのような線の細さだったから、

もしかすると本気ではないと思われてしまうかもと不安に思ったが、

二人のたじろいだ姿を見る限り、ちゃんと信じてくれたようだった。

もちろん、子供を人質に取るのはあまりいい気分とは言い難かったが。


『どうでしょう? 話をしていただけますか?』

「いいわ! でも条件がある。この子を、このハッチの向こう側に返したい。どうかしら?」

『二人ともが銃を捨てて、そしてニャット船長、船長がそのスーツを脱ぐのなら、構いません。』


「船長! それはダメです!」副長の、年若そうな男の声が響く。

「キー。聞きましょう。聞くしかないわ!」


船長は落ち着いた調子で答えた。

船長は銃を放り投げ、黄色い作業スーツを脱いで、白い作業着姿になる。

そしてゆっくりとしゃがみ込み、子供と目線をそろえて何か話すと、子供は静かに出入口へ戻っていた。

キー副長と呼ばれた男も、しぶしぶライフルを手放した。

だがむしろ、銃がなくなった今の方が、今にでもこっちに走り寄って殴りかかってきそうな、そんな圧迫感を醸し出していた。


「さあ、どうぞ! 話を聞かせて!」

白い作業着の隙間から見える、しっかりとした首筋や力強いふくらはぎを見ると、商船の船長と言うより、軍艦のメカニックという風にも見えた。だが、黒いベリーショートと、こんな状況でもキリっとした強気な目が、責任あるものの力強さを感じさせていた。


『ニャット船長。感謝します。ありがとうございます。』

『どういたしまして。私は船長のニャット。貴方、名前は!』


『私の名前はミライ・サチコ。ミライ・オーメンパイアーの娘です。』

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