sieve007 パスファインダーが失ったもの、得たもの

レーダー上の光点の絡み合いに、どんどんと近づいていく。

それらの光点の数は、ここまで近づく中でに二つ減り、残りは四つになっていた。


全周スクリーンにつけっぱなしにしている光学センサーの解像度がどんどん高まっていく。

まず一番大きな光点を確かめようと、輸送艦をズームアップする。

どうやら、商船で間違いなさそうだった。

その輸送艦には商船であるシンボル。

大きな白丸のペイント、その白丸の中心に真赤な小さな丸がペイントされた、

商船マークが書かれていた。


次は戦闘機だ。一体、何と何が戦っているんだ。


戦闘機はやはり全部で四機いるように見えた。

すべてパラディオンのようなシルエットに見えたが、

二機は派手で目立つ真赤なペイントを施され、同じ色同士で編隊を組み、

もう二機は黒っぽい色をしていて、こちらも編隊を組んでいた。


赤色は商船の自衛のための機体を示すカラーだ。

黒っぽい色のほうは、保安部隊の可能性もあるが。おそらく海賊だろう。

状況は、なんとなく海賊側のほうが自由に動いて、有利なように見えた。

あまり持たないかもれしれない。


「射程ギリギリだが、レールガンを撃つ。サポートを。」


僕は光学センサーを解除し、全周スクリーンを通常に戻す。

スクリーンの右手に映ったレールガンはATHENAによってすでに相手に向けられ、

いつでも射撃可能な状態にあった。

そして火器管制システムは、レーダーに映っている光点が、

射程圏内までもう少しであることを示していた。


「当てなくてもいい。海賊に商船側に助けに入るという意思が伝わればいい。

間違っても、赤いほうに直撃はさせないようにするぞ。」


僕は呼吸も瞬きも止めて、レールガンと一体になる。

次第に感覚が鋭敏になり、自分でも集中力が高まっているのを感じる。

まるで、レールガンも一緒に呼吸を止めて、一心同体になっているかのようなそんな感覚。


ATHENAのサポートと僕の機体制御のニューラルリンクは上手く噛み合っているようだ。

黒いほうの二機と、赤いパラディオンたちの距離が離れたのを見計らって、

レールガンを一発だけ発射した。

弾の行方を注視する。黒い方のパラディオン達より、機体三つ分ほどズレて通り過ぎていった。


「さあ、どうする。逃げるなら今のうちだぞ。」

だが、黒い二機は、赤い二機を撃墜しようとやっきになって戦闘を続けていた。

死にたがりめ、生き方を間違えたんだ。


「有効射程まで、あと十秒。」

ATHENAの声がコックピックに響く。

いつでも撃てるように先ほどと同じように呼吸を整え、有効射程に入るのを待つ。

そうしている間に、赤い二機のうち、一機が火を噴き、爆発した。

その機体は僚機との編隊を離れ、明後日のほうに吹き飛んでいく。ロケット燃料に引火したんだろう。フレームしか残るまい。こうなっては、残る一機は相当苦しいはずだと思った。


「諦めるな。今加勢するから。」

諦めてくれるな。気付くとロケットエンジンに火をつけていた。

少しだけだ、少しだけ……。

幸いなことに、その残る一機は冷静さを失わず、すぐにこちらのほうと合流しようとしていた。


「有効射程です。」

準備はできていた。

僕はATHENAのその声を合図に、レールガンを5発、断続的に発射した。

発射された弾丸のうち3発が一機の胴体に命中し、

そのパラディオンはバラバラに引きちぎれ四散した。

すぐに残る最後の一機に照準を合わせるが、合わせ終わる前に赤い機体が飛び掛かる。

真赤なパラディオンが、プラズマセーバーでその最後の一機をこれでもかと八つ裂きにするのが見えた。


「最後の敵機を殲滅。

レーダー上でも商船とそのパラディオン以外に特に怪しい影は存在しません。」

「ありがとう。メインシステムとサブシステムの状況は?」

「何も問題ありません。無傷です。」

大したことはない、海賊の戦闘機ぐらい。楽勝だ。

だが、あの僚機を失った赤いパラディオンのパイロットのことを考えると、胸が締め付けられた。一緒に出撃した仲間を助けられなかったパイロットは、みんな辛い。助けられなかったという怒りと、自分は生き残れたという安堵と、そんな矛盾した二つの気持ちの板挟みになり、辛くなる。そして、誰かにお前が居なければもっとたくさん死んでいたと、お前は正しいことをしたと、そう言われて、それを糧にまた出撃する。自分の番が回ってこようと、こまいと。

僕がそんなことを考えていると、横のサブシートの彼女がそっと肩を抱こうとしてくる。

ただ、僕はベルトでしっかりとシートに押し付けて固定されていたから、僕の背中とシートの間に手を入れる隙間がなくて、僕は彼女に無理やり羽交い絞めにするような形になった。

僕はそれにそって手を重ね、ありがとうの気持ちを伝えた。


「ワーズ少尉、あの赤いパラディオンから音声のみで通信です。」

「繋いでくれ。」


『こちらはパスファインダー2。応答を。』

それはノイズ交じりではあったが、何を言っているかはしっかりと聞き取れるレベルだった。


「パスファインダー2。こちらはスフィンクス1。どうぞ。」

『スフィンクス1。ありがとう、とても助かりました。おかげでみんな。

あぁ、パスファインダー1をやられずに済みました。あなたのお陰です。ありがとう。』

あんなことがあった後にも関わらず、そのパイロットはとても落ち着いていて、礼儀正しかった。


「いえいえ。」

「それより、その母艦、パスファインダー1は問題ありませんか。ちゃんと航行できますか?」

『ちょっと待ってください……。あぁ、私たちの船長と繋ぎます。』


『スフィンクス1。こちらはパスファインダー1。聞こえますか?』

こちらはノイズもなく、はっきりとした声が聞こえてきた。


『パスファインダー1。こちらスフィンクス1、どうぞ。』

『スフィンクス1。本当にありがとう。助かったわ。あなたのお陰で、最悪の事態は防げた。

とっても感謝しています。幸い、この船自体もほとんど問題ないわ。』


『見慣れない機体だけど、貴方、保安部隊の人?一機だけみたいだけど何かあったの?』

怪しまれているという雰囲気ではなく、心配されているという感じだった。


「ええ、一応そうです。ですがあくまで実験機で。

単機でL4までの航行テスト中だったんですが、

そうしたらレーダーに海賊に襲われる輸送艦を捉えたので。少しでも助けになれば、と。」


『そう、この船は運が良かったってことね。』

『どうかしら、補給は必要ないか? ロケットエンジンの燃料とか、お茶でも美味しい食べ物でも。

できるお礼はするわ。行き先も、同じL4みたいだし。どう?』


「……」

補給は願ってもない話だ。ロケットエンジンエンジンの燃料も、半分ほどあったのを少し減らしてしまった。それに食料でも水でもなんでも、貰えるものは貰っておいて、これからに損はない。

彼女のほうを見るとグッドマークを出していた。

ATHENAももし反対なら、コンソール画面にチャットか何かを出すだろうが、

そこには何も表示されていなかった。


『正直に言えば、私たちは大事なパイロットを二人も失ってしまっているの。』

戦闘に入る前にレーダーから消えた光点があった。

その二つのうちの一つは、パスファインダーのパラディオンだということだった。

残ったのパスファインダー2は二人の仲間を失ったことになる。


『だから、L4までこの船を守ることに力を貸してくれると本当にうれしいの。頼めませんか?』

『パスファインダー1。大丈夫です。

ですが、実はテストのためにエンジニアが一人同行しています。一緒で結構ですか?』

『当り前よー。なんの問題もないわー。貴方もエンジニアの人も大歓迎よ。』

『では同行しましょう。燃料の補給と、水、あと少し糧食を分けてほしいです。』

『ありがとう。感謝してもし足りないわー。しっかり準備しておくわね。』


そうこう話をしているうちに、パスファインダーを名乗る輸送船とだいぶ近づき、

輸送艦の細部を見て取れるようになっていた。

それはほとんど長方体そのままの形をしていて、船の中央部に少しのでっぱり、キューポラのような形の艦橋があった。そして、その艦橋の屋根の部分には、金色の鎧を着て片手に槍を持った女神が、もう片方の手にフクロウを持つ姿のロゴが書いてあった。

それは紛れもなく、イスカンダル社のロゴだ。

もちろん予想はしていた。

資源採掘が彼らのすべてだ。彼らの掘り出す資源は、消費者のいる地球へも運ばれるが、コロニーへも運ばれる。彼らは物流を管理しているだけではなく、自らも行う。そして、その彼らの船なしではコロニーの経済は立ちゆかないシステムになっていた。


だが、問題はそのロゴではなく、船。

その長方体にキューポラ型の艦橋をした船そのものが問題だった。

最初はよく見るありきたりな輸送艦に見えたその船は、

普通の輸送艦よりも大型なプラズマエンジンを左右で八発も装備していた。

おそらくイスカンダル社製の、地球圏外へも行ける極地輸送艦のように見えた。

船体表面の各所には対空用のレールガンの機銃が商船にしては多く装備されていたし、

上面にはカタパルトが設置されていて、船の前方でも後方でも、臨機応変に戦闘機を打ち出せる贅沢な仕様にに見えた。さらに船の側面に大きく書かれた赤丸の中に白丸という商船を示すペイントも、カケもハゲもなく、つい最近に塗ったような感じだ。新造艦か、リフォームされたか。

そこに護衛機が三機もいたことを考えると、何かしら特別な船なのは間違いなかった。

特別なものを運んでいるのか、特別な任務を負っているのか。

そもそも、本当に商船なのか。あるいは、商船を偽装した保安部隊なのかもしれない。


『スフィンクス1。こちらパスファインダー1。パスファインダー2の収容は完了した。君の番だ。』

僕はパスファインダーの左側を並行して進んでおり、

パスファインダーの船の左側面のハッチが大きく開いていた。

すでにパスファインダー2は着艦して、中の格納庫だ。


もう手遅れだ。今逃げるのは不自然すぎる、

良くてもどこからかの脱走兵だと勘繰られるだろう。


まだ保安部隊は僕らがL4に向かっているとは気づいていないハズだ。

ここで居場所を伝えるような真似はしたくないと思った。


『パスファインダー1。了解、着艦する。』

僕は意を決して、ハッチに向けてゆっくりとスラスターを調整し始めた。

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