第8話

 その週の日曜日のことである。

 日曜はエミールの店も休みで、いつもより三時間ほど朝寝坊したエミールは、朝食の後、アンナを泊まらせた部屋の真ん中に立っていた。手には掃除機とゴミ袋を持っている。


 特に必要もなかったのでアンナには言わなかったが、この部屋にあるものは、どれもエミールのものではない。

 ここはジュリアーノという雄のミニブタが、六年前まで自分の部屋として使っていた部屋だった。

 エミールとジュリアーノは、当時このマンションで愛情に溢れた生活を送っていたのである。


 だが、ある日突然、ジュリアーノは短い書き置きだけを残して、この部屋を出て行った。

 理由は分からない。


 今でも年に一度か二度、外国の消印が付いた葉書がエミールのもとに届くが、それに書いてあるのはごく簡単な近況報告だけで、別れの言葉はいまだにない。


 ないということは、自分達の関係は継続していると考えていいのだろうか。

 このことを考えると、エミールの心はその時々で希望で明るくなったり、絶望でへこんだりする。


 ラザロは数か月でアンナのところに戻ってきた。あんな男ではあったが、ラザロとジュリアーノでは、恋人の立場からすると、どちらがマシと言えるのか。


(六年か…。もういいだろう)


 エミールは手始めにクローゼットを開けた。

 今まで気付かなかったが、そこにあるジュリアーノの服には、うっすらとではあるが古びた感じが出てしまっていた。


 この事実に、エミールは軽く驚く。

 ハンガーにかかったコートを取り出すと、細かい埃が舞い上がった。


(うう、埃が…)


 ジュリアーノがいなくなった後、服はちゃんとクリーニングに出した。定期的に机や棚の上の埃をはらい、床も掃除機をかけていた。なのに、この有り様である。


 エミールは手近にあるものからゴミ袋に放り込み始めた。


(もっと早くに片付けるべきだったぜ…)


 ジュリアーノは、ほとんど金色に近い、薄い茶色の毛をしたミニブタだった。

 その金色の姿を、エミールはどれほど愛しただろう。

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