第6話 2

 アンナはすっかり打ちひしがれていた。


「すみません。みっともないところを見せてしまって…」

「いや、いい。後片付けが終わったら家まで送っていく」


 二人は店の片付けを始めた。

 片付けをしながらも、エミールは何やら考え込んでいたが、しばらくしてから言い出した。


「今日は自分の家には帰らないほうがいいかもしれない。泊めてくれる友達はいるか?」


 実はアンナも同じことを考えていた。

 ここに来たラザロは、服装の乱れも目立っていたし、そわそわと落ち着かない目をしていた。普通の状態でなかったのかもしれない。何も言わずに大人しく帰ったのも、逆に怖いような気がする。


「いえ…」

 アンナは力なく俯いた。

 アンナの生まれは遠く離れた田舎町で、この街にいる友人は少なかった。ダニエラは卵を温めているから迷惑はかけられない。ホテルに泊まるとなると、引っ越しを控えたアンナには手痛い出費だ。


「じゃあ、うちに来い」

 エミールが腕組みして真顔で言った。


「悪いことは言わない。そうするんだ」


 アンナは戸惑った。エミールは一人暮らしなのだ。

「せっかくですが、それは…」


 言葉を選んで丁寧に断ろうとしたが、しかし、エミールはそれを落ち着きはらった態度で遮った。


「心配するな。俺は女に興味がない」


 アンナは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 エミールのほうは非常に冷静で、じっとアンナの顔色をうかがっている。


「あの…」

 アンナがやっと口を開いた。びっくりし過ぎるのも失礼だと思ったからだ。


 エミールの口元の緊張が、ふと緩んだ。

 アンナは驚き過ぎてはいた。でも、ありのままの事実を受け入れることは可能らしい。

 エミールは今までの経験から、直感的にそれを感じ取って安堵していた。

 彼のような屈強なウサギでさえも、自分の根源に関することを打ち明けるのは、勇気のいることなのである。



「あいている部屋があるからそこを使えばいい。まあ、別に無理にとは言わないが…」


 説得を再開した口調からは、さっきまでの強引さはなくなっていて、からかっているような素振りさえある。


「本当に泊めていただいていいんですか?」


 アンナが尋ねるとエミールは男らしくニッカリと笑い、その二十分後、二人は店を出て、小雨の降る中をエミールの家に向かって歩き出した。

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