第4話

 アンナの出版社通いが始まった。

 アンナは大きなスケッチブックを持って出勤してきて、休み時間や、夕方仕事が終わった後に出版社に行く。

 門前払いばかりで、イラストを見てもらったことはまだない。

 しかし、アンナに諦める様子はなかった。



 十一月のある日、アヒルのフェルディナンドが正午前にやって来た。

「仕事が詰まっててね。今日はちょっと長居していいかい?外の席を使わせてもらうよ」


 昼食の時間帯もまあまあ繁盛しているが、朝食の時間帯ほどではない。

 それを良いことに、フェルディナンドは昼食の営業が終わる一時半まで、ぐだぐだとそこに座っていた。


 実は、仕事のことでちょっと落ち込んでいたのである。


 数か月前、帽子職人であるフェルディナンドは、あるデザイナーからの帽子の製作の依頼を断った。なんとなくではあるが、そのデザイナーの帽子がどれも好きになれなかったからだ。


 しかし、まさに今、それらの帽子が大流行となっている。

 それでフェルディナンドは、自分の感性は世間に通用しなくなったらしいと、秘かに嘆いているのだった。



 エミールがコーヒーのお代わりを持ってきた。奢りのようだ。

「フェルディナンドさん、お疲れですか」

「そうでもないさ」

 フェルディナンドは強がって答えた。アンナがカウンターの中で皿を洗っているのが見える。

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