第3話

 一週間ほど経つと、アンナも新しい仕事に慣れてきた。

 エミールの店の三台の外テーブルも、もう以前のように出されている。



 この日、先月までこの店で働いていたダニエラが店にやって来た。卵はパートナーが温めているという。


「卵を抱いている母親にも休養が必要よ」


 母アヒルであるダニエラは、卵を温めなければいけないが、母ウサギや母ミニブタのように妊娠はしていないから身軽だった。

 しかし、温め疲れはしているようだ。


「様子を見に来たの。仕事はどう?」


 ダニエラがアンナに笑いかけた。


「だいぶ慣れてきたわ。忙しいけど、みんな良い人だからなんとかやれてる」


 エミールが店の中から出てきた。


「ダニエラ、元気か?卵達は?」

「エミールさん、お久しぶりです。この間の検診で全員順調だって」


 ウサギやミニブタには妊婦検診があるが、アヒルにも受精卵検診がある。

 エミールがアンナに休憩していいと言ったので、アンナとダニエラは外テーブルに腰かけた。

 しばらくは楽しいおしゃべりが続いたが、やがてダニエラが切り出した。


「今住んでる部屋、引っ越すの?」

「ええ。今、新しい部屋を探してるところ」


 アンナは最近までラザロという二つ年上のボーイフレンドと一緒に住んでいたが、ラザロは部屋を出て行ってしまった。今の部屋は、アンナ一人では家賃が高すぎるのだ。


「困ったことがあったら何でも言って。それから…」


 ダニエラはやや深刻そうな顔になった。


「それから、もしもラザロから連絡が来たら、うちに連絡するように言って欲しいの。仕事を紹介できるかもしれないって、ジョルジオも言ってるから」


 ジョルジオとは、ダニエラのパートナーである。


「分かった。連絡があったら伝える」


 しかしアンナは、ラザロから自分に連絡が来ることはあるのだろうかと、内心では思っていた。


 ダニエラが帰る時、アンナが言った。


「出版社にイラストを持ち込もうと思ってるの」

「頑張って。応援してる」


 アンナの本業はイラストレーターなのである。でも、イラストの仕事だけでは食べていけないから他の仕事もしている。


 最近のアンナは災難続きだった。それまで働いていた店は不景気のせいで廃業するし、ラザロとは別れ、引っ越しまでしなければならない。


 でも、エミールの店の仕事が見つかったことで、気力を持ち直していた。

 これでイラストが採用されれば、今までの帳尻が一気につく。


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