第207話 これを寝取らせ、と言うんだろうか?

「交際だと? 貴様がルーナと……か?」

「はい! ぼぼぼ僕は、本気マジでルーナ・オセロットさんに恋をしているのです!」


 スネータ・ノビータという少年の眼鏡の奥の瞳が燃えていた。

 純粋な瞳だ。

 まっすぐに俺を見ている。

 そんな熱い視線を向けられてしまうとつい目を逸らしたくなり、肝心のルーナの方を見やると、彼女は完全に怯えた様子でガタガタと震えている。

 ……こりゃダメだな。


「ならん! 帰れ小童こわっぱ‼ 貴様ごとき小男がこのシリウス・オセロットの妹ルーナ・オセロットと釣り合うわけがなかろうが‼」

「え、ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」


 はっきりと断ってやるとスネータは殴り飛ばされたかのように身をのけぞらせた。

 オーバーなリアクションだ。好きじゃない。

 だけど、こんないかにもオタク的な反応を見せられると何だか懐かしい気持ちになってしまう。


「そ、それでも! 僕はルーナさんのことを諦めることができません‼」

「は?」


 スネータは体を起こしてまた真っすぐ燃える瞳を俺に向ける。


「僕はどうしても毎日一緒に昼食を食べて過ごしているルーナさんを諦めることができません‼ ルーナさんともっと仲良くなりたいんです! だから、もっと彼女と一緒にいたいとクリンヒルデ姫の夫の役、ジーク・ルードになったんです!」

「一緒に昼食を食べている?」


 このガリ勉とルーナがか?


「本当なのか?」

「……は、はい。そのことに関しては……その……学園食堂を利用する時はなぜかスネータ様がいつも近くにいらっしゃいます……」

「なぜかいつも近くにいらっしゃいます、ってその言い方……」


 このスネータとかいうやつもしかしてストーカーか?

 どう見てもルーナの方からこいつを今まで意識していた、認識していたような気配が感じられない。

 一方的にスネータの想いが暴走しているようにしか見えない。


「やはりダメだ! 帰れ! 諦めろ! ウチの妹を貴様になどやらん‼ このストーカー男が‼」


 段々とスネータが気持ち悪い男に見えてきたので、眼力を込めて威嚇する。

 すると流石に「ヒ……ッ」とスネータは身を竦ませて体をガタガタと震わせ始める。

 これで諦めるだろう。


「わ、わわわわかり、ました……お兄さんに認めてもらうのは、諦めます……」


 スネータはガタガタと身を震わせて、顔を伏せ、肩を落とし、くるりと踵を返す。


「でも、一つだけ……」


 そのまま帰るかと思ったが振り返り、今度は俺ではなくルーナに視線を向ける。


「……ルーナさんは僕のことをどう思っているんですか?」

「わ、私は……」


 問われたルーナは視線を———俺に向けた。

 真っすぐにこのシリウス・オセロットを見つめて目を閉じ、頭を下げた。


「私は自分の意志などありません。私はあくまでお兄様の所有物であり、お兄様が飼っているですから。お兄様がダメだと言えば私はそれに従うだけです」


 そして、一礼を終えて、上げたその顔は誇らしげな表情を浮かべていた。

 彼女はスネータを見ていなかった。

 全く自分に対して愛を伝えた相手を見ようともせずに、飼い主の言う通りの命令をこなし褒められるのを待つ犬の如く、俺を見つめていた。


「ですので、スネータ様———、」


 三秒ほどルーナは俺を見つめ続けた後、胸に手のひらを当ててスネータの方へ向き直る。


「———お帰り下さい。スネータ様。私はあなたたちとは違って自分の意志で物事を決定することができる人間ではないのです。全てはお兄様の思うがままに」


 そういうルーナは……晴れやかな表情をしていた。


「……ッ、わかり、ました……ごめんなさい。ルーナさん、突然変なことを言ってすいませんでした。僕は、身の程をわきまえるべきでした。本当にごめんなさい。劇の主役も、降ります……もっとふさわしい人に……例えばそこにいるロザリオ君に任せることにします」

「僕?」


 突然、指をさされてキョトンとする。


「最近、何があったのか知らないけど急にカッコよくなって生徒会に入ったロザリオ君。英雄ジーク・ルードの役は君のほうがふさわしい。僕なんて! どうせ親が金持ちで勉強ができるだけで! 親の力しかない! 僕なんてカッコよくもなんともないんだから!」

「僕が劇の主役……?」


 ロザリオは悔しがるスネータを見ようともせずに、ルーナを見て、次に俺を見た。

 どうしたものかと思い俺はただその視線を受け止めた。

 数秒、目が合った。


「いいですよ」


 そう、ロザリオは答えた。

 どこか、達観したような表情で。


「……ッ!」

「みんながふさわしいと言うのなら、僕は今度の劇の主役を引き受けましょう。劇の主役何てやったことがないのでどこまでいけるかはわかりませんが———」


 ロザリオはそう言うと話は終わったと書類棚の方を向いて、ぼそりと一言だけ呟いた。


「……失礼します!」


 その一言がスネータに聞こえてしまったかどうかはわからないが、彼は声に悔しさをにじませながら部屋を出て行こうとする。


「待て」


 その背中を、俺は引き留めた。


「え……?」

「スネータとやら、気が変わった。貴様ごときが我が妹と付き合うなど思い上がりもはなはだしいと思っていたがチャンスをやろう」

「チャンス……?」

「ああ一日やる。その一日でルーナを落としてみせよ。見事、我が妹ルーナの心を貴様が開いてみせたらルーナ・オセロットは貴様のものだ」


 そう宣言すると、部屋の空気が変わった。

 そして同時に三人が「お兄様⁉」「会長⁉」「ししょー⁉」と三者三様の声を上げる。


「ほ、本当ですか⁉」

「ああ、休日を一日やる。それでハルスベルクの街でも巡り、共に過ごし仲を深めてみせよ」

「お兄様! そんな……!」


 一方でルーナは怯えたような表情をしている。


「…………ッ」


 そして、「そんな……」と言った後の言葉が出てこない。


「ルーナ、貴様は言ったな。お前はオレの飼っている犬で決定権は自分にはなくオレにあると」

「は、はい」

「ならばこの男と共に過ごしてみよ。そしてオレを楽しませてみよ」 


 顎でスネータを指し示すとルーナの視線もスネータへ向けられ、


「……はい」


 しぶしぶといった様子で、頷いた。


「や、やややヤッタァァァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼‼‼」


 飛び上がって喜ぶスネータ・ノビータ。


「おい! ししょー! それはあんまりだろう!」


 アリシアが立ち上がり抗議の声を上げる。


「ルーナは、君の妹は君のことが———、」

「違うな」

「は?」

「それは違うぞ、アリシア。貴様は勘違いをしている。だから今回は引っ込んでいてもらおうか」


 悪い、とは———思うが。


「…………」

「そして、ロザリオ」

「はい?」

「貴様に少し話がある」


 喜怒哀楽と様々な感情が渦巻く生徒会室の中で、一人だけ何の感情も浮かべていない顔をしている男に対して俺はクイクイと人差し指を折って見せた。

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