第181話 回想・リタの母の語り。

 ———私、リタ・リリスはゴミ山で生まれました。


 母は魔族でした。


 背中に黒い鳥の翼を生やした、異形の姿を持つものでした。


 父親は誰とも知れず、盗みを生業にしていた母は人目を忍んで生きており、医者にも頼れずそこで生むしかなかったのです。

 私は、市民のゴミや母が盗ってきた者を食べて暮らしていました。

 そんな惨めな生活をする私たちに多くの善良に生きる人間は石を投げつけてきました。

 それでも私たちには、私には希望があったのです。

 それは、毎夜毎夜母が聞かせてくれる———昔話。


「この地上は———本来私たち〝魔族〟の物だったんだよ……」


 長い銀色の髪と漆黒の羽毛に包まれた翼を広げて———。

 母はよく月夜の下で語って聞かせてくれました。

 私たちの先祖の、魔族の話を。

 そして、その子孫である私たちの使命の話を———。


「私たち魔族はこの地上にあふれる魔力を管理していた。水や空気や土や生命いのちに適切な魔力を送り、バランスを保っていた。私たちが管理しないと途端に災害が起きる。海は荒れ狂い、あらし巻き起こり、大地は揺れ、増え過ぎた生命せいめいは互いを食い合う。

 そうはならないように我らの———〝魔の王様〟は全てを管理していた。永遠に地上が調和のとれた楽園であり続けるように。美しい場所であり続けるために———〝節制の魔神ましん〟であるベルゼブブ様によって管理されていた。

 そのもとに六人の魔神ましんが集い、ベルゼブブ様の〝調律〟に手を貸していた。私たちのご先祖もその一人なんだよ。六天将軍———〝純潔のリリス〟。この世全ての物を美しく保つことを仰せつかった者。あなたはその偉大なお方の血を引いている」


 そう言って母は優しく微笑み、私の頬を撫でました。

 私は、その言葉に自分が褒められたような感覚を感じ、嬉しくなります。


 ———ねぇ、他には? 六人も私のご先祖様と同じような人がいたんでしょう⁉


 そして、興奮しながら話の先を急かします。

 母は困ったように、だけれども嬉しそうに語り口を再開し始めました。


「そう。にも〝慈悲〟〝友愛〟〝知恵〟〝勇気〟〝誠実〟を司る魔神ましんたちがいたの。全ての命が平和に暮らしていた。それなのに……それなのに……」


 そこから、母の口調が変わります。

 今までは懐かしいものを惜しむかのように優しい口調だったのに、次からはわなわなと唇を震わせ、怨念のこもったような口調になります。


「〝誠実の魔神ましん、ルシフェル〟————彼が、あろうことか傲慢にも自らが頂点に立つべく、広大な草原で散り散りに暮らしていた人間たちを束ねはじめた。

 その後、『自由のための戦い』という大義名分をかかげ、魔神皇国ゼブルに対して反旗を翻した。そして———ゼブルは滅ぼされたの……あっけなく。今まで平和な楽園で暮らしていたから戦う必要なんてなかった。だから、弱かった。皆、弱かった。そして、ルシフェルの悪意に負けて、魔の一族も、他の魔の生物もこの地上から一掃された」


 ———みんな死んじゃったの?


 と、私は尋ねると母は首を振りました。


「いいえ、逃げたの」


 ———逃げた?


「そう、私たちは地上からいなくなった。だけどそれはみんな死んじゃったんじゃないの。逃げたの新しい私たちの世界———新天地、〝魔界〟へ」


 ———まかい?


 そう言うと母は人差し指を立てると、その先に黒光りする魔力の光を灯しました。

 そして、その魔力の光が段々と広がり、やがて黒い空中に浮かぶあなを作り出します。

 月明りを背景に、母が作り出したそれは、なんだか禍々しくも神秘的な物体に見えました。


「これは———魔孔まこう。〝魔界〟とこの世界を繋ぐあな

 〝魔界〟は元々存在しなかった世界。だけど、魔王ベルゼブブ様が大量の魔力と魔族の魂を使って作り上げた———もう一つの世界。

 魔族と魔物が避難するための———〝箱舟〟。一つの平行世界を作り上げた魔王様は力尽き、この世界で眠りについた。だけど、他の者たちはみんな魔孔まこうの先へ、魔界へと避難した。そして、そして、魔の物がいなくなった地上で人間は国を作り始めた……」


 ———私たちの先祖のリリス様も、そこに避難したの?


 そう尋ねると、また母は困ったように笑い、「違うわ———、」と悲し気に言葉を零して、語りを続けます。


「リリス様はこの地上に残った」


 ———どうして?


「再び魔族をこの地上に降臨させるため」


 そして、お母さんは息を吸い込み、はぁ~と一つ深呼吸をしました。

 気持ちを、落ち着かせるように。


「リタ……私たちは〝くさび〟なの。

 地上の人間から逃れるために魔の物は魔界に移り住んだ。だけど全ての者があちらに移り住んでしまったら、この地上世界とのつながりがなくなってしまう。誰も魔孔まこうを開くものがいなくなってしまったら、魔界はこの世界と分断されて二度とこの地上に帰れなくなってしまう。それを防ぐために私たちはこの地上に打ち込まれた〝くさび〟なの。意味……わかる?」


 ———わかんない。


 私は首を振るとお母さんは困ったように笑いました。


「でもね、リタ。覚えておいて。私たちには使命があるの。再びこの地上に君臨して、人間を、全ての生命を管理する使命が……魔族の末裔である私たちには残っているの。〝魔界〟に逃げた仲間たちを地上に連れてこれるのは私たちだけ。魔族の再興を果たすことができるのは……だから、リタ。あなたは———、



 お母さんは私の眼を見て言いました。


「あなたも……あなたの命も魔王様のために———生きなさい。〝知恵の魔神ましん〟アスタロトが遺した予言の通りに———復活する魔王様に仕え、その命を捧げなさい……できる?」


 その言葉に———何故だか、私の心はときめきました。


 ———うん、できるよ! 任せておいて!


 自分が生まれてきた意味を、知った気がしたからです。 

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