第130話 アリサの手紙

シリウスさんへ、


 迷惑をかけてごめんなさい。


 私は本当はナミの様子を見に来たくはなかった。学園に行きたくはなかった。

 ただ、プロテスルカ帝国のために、オセロット家と繋がりを得るために無理やり家から行くように命令されたの。無理やり行かされただけ。

 だって、ナミも学園も私にとって現実を教え込まれた壁でしかなかったから。

 私は生まれつき器用で何でもこなせた女の子でした。対照的にナミは何もかもが不器用な女の子で、代わりに剣を振ることだけは好きな女の子でした。

 毎日何千回も素振りをして、それが全く苦にならない女の子。

 毎日何千キロも走り込んで、それが全く苦にならない女の子。

 あの性格から考えもつきませんが、運動することだけは好きな女の子なんですよ?

 黙々と、一人で訓練し続けることだけは好きな女の子でした。

 そんな子とまともにコミュニケーションを取れるのは私だけでした。

 最初は不器用な妹にかまってあげるだけでみんなに褒められたので、ナミに構うのは好きでした。

 そうでなくなったのは、七年前の十月十日。

 ナミが師範である私の父親を倒した時。

 尻餅しりもち をついてナミを褒めたたえ、私を一瞥もしなかった父を横顔を見て、私とナミの間には決定的な壁があると気づかされました。

 才能の壁を。

 それを知って、私はその壁を乗り越えようともせずに、触れようともせずに逃げました。

 逃げて逃げて逃げ続ける人生が始まりました。

 今思えば、頑張って乗り越えようとでもすればよかったのかな。

 そう思ったら、今も後悔しかありません。

 もう少し早く、あなたやアリシア王女に、シアちゃんに会えてればよかったのにと、ずっと考えています。

 シアちゃんのような純粋で真っすぐな子に出会えていたら、私ももっと素直になれたかもしれないのに。

 あなたのような厳しくも優しい人に出会ていたら、私はもっと正しく生きれたのかもしれないのに。

 もしもまたあなたに会うことができたら、その時はまた話したいです。

 今度はもう少し、胸を張って話せるよ●●自分で……。


 最後に、ナミと●●をよろしくお願いし●す。

 あの子は可哀そう●子です。

 あなたになら、妹とあの子を安心して任●られます。

                           アリサ・オフィリアより


              ◆     ◆     ◆


「これだけか?」

「え、あ、はい」


 読み終わり、ナミに確認を取ると彼女はブンブンと首を縦に振った。


 アリサの手紙の最後は涙でにじんでいた。


 字がよれていて、文字の上に水滴が落ちて、肝心な部分がにじんで読めなくなっていた。


「あの子を任せるって……誰の事だ?」


 文脈からすると……アリシアのことだろうが、なんだか違和感がある。

 アリサは純粋に自らの後悔と、俺への謝罪をしたためているのだろうが、なんだかまだ彼女には隠し事がある気がする。

 それは恐らく意図的ではなく……無意識の。


「お姉ちゃんは手紙で何て言ってましたか?」


 顎に手を当て考え込んでいると、不安そうにナミが俺の顔を覗き込む。


「ああ……いや、単純に『迷惑をかけてゴメン』とあとお前を宜しくだそうだ」

「そうですか……」


 ナミは少しだけ俺から距離を取ると、ぺこりと頭を下げた。


「シリウス会長、いろいろありがとうございました」

「何だ突然?」

「会長のおかげで、私もお姉ちゃんも歩み寄れた気がします。私たちがすれ違って気が付いてなかった姉妹の問題に割って入ってくれて、導いてくれて……お姉ちゃんは会長やアリシアちゃんにいっぱい迷惑をかけてしまいましたけど、そのおかげで私たちは少しだけわかりあう事ができた気がします」

「そうか……」


 まぁ、俺が問題に割って入ったと言うよりも、アリサに無理やり入り込まされたという面が強い気がするが。

 問題が起きても、それを乗り越えればどんな形であれ少しは前に進む。

 顔を上げた朗らかなナミの笑顔と、この手紙の濡れた跡をみれば、少しはそう思える。


「いろいろこれから大変だろうが、姉妹仲良くな」

「はい!」


 姉は他国の王女を誘拐しようとした大罪人。その罪はまだ明るみになっていないだけで、いずれそのつけは回って来る。

 その時に妹がしっかりと支えていくことができればいいなと思った。

 ちょっと……精神面では頼りない妹ではあるが。


「会長は本当に私たちの恩人です。あ、あの……差し出がましいですが、なにかありましたらいつでも私のことを頼ってください……!」


 おずおずと腰ひもから鞘を持ち上げ、ナミがそう申し出てくる。


「刀の腕は置いておいて……最近、友達との話題が増えるように、【バカでもできる会話術】っていう本を読んでるんで……交渉事なら任せてください……!」

「たわけが。刀のことは置いておくな。どうして貴様はそう自分の不得意分野で頑張ろうとするのだ。貴様は普通に自分の長所を生かせ。なにかあるとしたらその剣の腕を頼る時しかないだろうが」


 ガーンと衝撃を受けるナミに対して、内心呆れかえる。

 まぁ、こいつらしくて安心もするが。

 確かに、荒い〝交渉事〟があったとすれば彼女を頼るのが一番いいだろう。


 その時は————その時は………。



 ………………つーか、【バカでもわかる○○】ってシリーズ化されてたんだ。

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