第69話 降臨

 ピコピコピコ……。

 電子音が聴こえる。

 何だかすごく懐かしい音だ。


「ん……」


 そしてすごく懐かしい匂い……。

 目を開く。


 俺の———部屋だ。


 日本で一人暮らしをしていた時に借りていた俺の部屋。庶民的な家具店で買った安い布団とカーペット。それに暖を求めて買ったはいいものの、部屋のスペースが狭くて、常に布団を取っ払ってしか使用していないコタツ机。熱血少年漫画と萌え系のラノベが並べられた本棚。

 ずっと暮らしていた俺の部屋だ。


「おお、起きたか」


 ———え?

 部屋にはもう一人の人間がいた。 


 女の子だ。


 紫色の髪に漆黒のドレスを纏った、中二病っぽい女の子。背が小さく、幼児体系で、目線はテレビから離さず、ずっとゲームをしていた。

 古いレトロゲームだ。2Dスクロールアクションで、昔のゲーム特有の激ムズ難易度のそれを幼女は「ふっ、はっ! そりゃ!」と全身を揺らしながらプレイしていた。

 本当に親戚の子供が遊び来ているような空間だった。


「お前は……?」


 ふと、自らの手を見る。

 手だけでわかる。今の俺の身体はシリウス・オセロットじゃない。手に浮かび上がっている血管が多くて指がシリウスに比べると短くて太い、日本で暮らしていた俺の身体だ。

 ハッと全てを思い出す。


「そうだ! 俺はリングにいて……ロザリオを倒したっていうか……説得して……それから……それから……」


 どうなったんだっけ……?


「———魔剣で身体を貫かれておるな」


 紫髪の幼女がゲームの手を止め、リモコンでチャンネルを変えると、テレビに外の光景が映し出される。

 胸を貫かれているシリウス・オセロット。魔剣が勝手に影を使って動き出し、背後からシリウスの心臓あたりを一突きしている。その光景をアリシアやロザリオが息の飲んで見つめていた。

 どう見ても———致命傷の光景。


「そうか……ここは天国か……俺は死んだのか……」

「違うな。こんな生活感のある空間が、天の国であるものか。ここはお主の精神世界じゃ。お主が死にかけたことにより、ここに来てしまっているのじゃ」

「精神世界……?」

「ああ、お主の心の中ということじゃな。それは当人が持つ最も居心地のいい空間が描き出される。ここはお主のいこいの場であると同時に、われにとってもいこいの場でもある」


 幼女は笑顔を作り、チャンネルを変えてまたレトロゲームを再開した。


「精神世界……死にかけると……人ってその空間に飛ばされるのか?」

「お主の場合は少々特殊じゃ。この〝身体〟とわれのせいでこのような現象が起こってしまっておる。本来はただわれに支配されるだけであったこの〝身体〟が何の因果か———お主のような面白い男に支配されてしまっている。たいそう愉快なことだ」


 幼女はカッカッカと笑いだした。


「……どういうことだ?」

「どういうことかのぉ……われも詳しくは知らん。ただ、このシリウス・オセロットという小僧は、われの器として生を受けた。われを表世界に再び君臨させるための、の。じゃからずっとこの体に我はいたのだが、途中からお主がこの体を乗っ取りおった。復活する機会を逃したのか思ったが、実は大変面白い事じゃった。我は娯楽をえた。特にこのげぇむというのが面白い。ずっとやってられる。表の世界に出るよりも面白い」


 何を言っているのか、さっぱりわからない。


「おい、自分一人の中で完結していないで……ちょっとはわかりやすく説明を……」

「これでもわかりやすく説明しているつもりなんじゃが……まぁ、要はこの〝身体〟を破壊されては困ると言うわけじゃ」


 ゲーム画面がアクション画面からセーブ画面に切り替わり、幼女がこれまでのプレイを保存し、再びチャンネルを切り替え、胸を貫かれているシリウス・オセロットの画面に戻る。


「じゃ・か・ら……少し、手を貸してやろう」

「手を……貸す?」

「主人に向かって少しおいたをした———我が剣を調教してやろうというのだ」

「我が剣って……お前は何者、」


 真正面からその幼女の顔を見て、ハッと思い出した。


「お前……もしかして……」


 幼女はニッと笑い、


「そうじゃな。お主が認識しているところの———〝らすぼす〟というヤツじゃな」


 そういうと彼女の身体は漆黒の闇に包まれ、テレビの中へと吸い込まれていった。


 ◆


 アリシアは目の前の光景が信じられなかった。

 魔剣をシリウスと協力して折り、ロザリオも改心したというのに……。


「ししょう……! あ、あぁ……!」


 魔剣に胸を貫かれているシリウスの肉体———。

 どうして折れた剣が意思を持つかのように動き出し、彼を刺し貫いているんだ……⁉

 よりにもよって彼を———!


「ししょ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」


 アリシアは感情のあまり叫んだ———。


「カ~~カッカッカッカッ! カァ~カッカッカッカッカッカッカ………‼‼‼」


「———え?」 


 アリシアの叫びに応えたのは、高らかな笑い声だった。

 その聞いたことない高笑いは、シリウス・オセロットの喉から発せられた。

 彼を見る。


 笑っていた。


 凄惨な笑顔を浮かべ、魔剣から伸びる影を掴んでいる。


「お~お~、久しぶりに主人に会えて嬉しいか。嬉しすぎてはしゃいでしまったようだな。バルムンクよ」


 そして、掴む手をグッと握り締めると———影が破砕される。

 力任せに、握りつぶしたのだ。


「し、師匠……?」

「カッカッカッ……まったく……この世界は相変らず、臭いな……」


 シリウスは胸に空いた風穴を手で撫でる。すると驚くことに、何事もなかったかのように傷が塞がっていた。


「———ッ⁉」


 アリシアは今———自分が見ている光景が信じられなかった。

 シリウスは明らかにシリウスではなかった。


 ———誰だ?


 あの邪悪な笑みを浮かべている、あの男は———いったい誰だと言うのだ。

 シリウスはただ、魔剣を見つめていた。 

 彼の視線の先———魔剣・バルムンクは最後の抵抗とばかりに刀身から大量の影を吐き出し、盛り上がっていく。

 以前に泉で見たウォータースライムのような山のような形態になり、その全身から触手を出し、シリウスに向かって襲い掛かかる———。


「悪意を吸収しすぎたな……ただ、人を殺すための道具となり果てたか……」


 シリウスは哀れんだような表情を浮かべると、右手を前に掲げる。


「———?」


 何をするつもりだ?

 影の触手が先端を槍状にして———再びその肉体を貫かんとしているのに、シリウスは静かに親指と中指をくっつけ、その先端に力を込めている。

 いわゆる指パッチンの形を作っていた。


「おい、人間ども……死にたくなければ耳を塞げ」


 そう、シリウスは前置きし———、


 パチンッ……!


 指先を弾いた。


「———————ッ!」


 その瞬間———スタジアムを、割らんばかりの振動が襲った。

 その後、とてつもない衝撃波がシリウスの指先から発せられ、彼を中心とした放射状に広がる亀裂をリングに刻み、指先から発せられた嵐のような暴風がアリシアの身体を吹き飛ばした。

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