第66話 偽りの正義

「おい、アレって……」


 〝黒影〟と化したロザリオの姿を見て、観客が息を飲む。


「黒い……人形……バサラ・モンターノを倒した……」


 例の闇討ち事件の犯人———そのものの姿に変わったロザリオを……。


「馬鹿め……」


 俺は小さく舌打ちをした。

 バサラがやられた事件はこの学園では有名で、その犯人が黒いのっぺらぼうのような姿であると言うのも知れ渡っている。なのに、その姿を自ら晒すとは……。

 これでは、ロザリオが俺に勝ったとしても、彼を正義だと認める人間は少ないだろう。


「あれが……魔剣による……ロザリオの姿……」


 アリシアが震える手に力を込めて剣をギュッと握りしめる。

 俺は彼女をかばうように前進してロザリオを睨みつけた。


「ああ……来るぞ———、」

「キャッ⁉」


 そう———アリシアに警告を促そうとした瞬間だった。


 ロザリオの姿が———消えた。


 そして、後方に立っていた、アリシアの身体が横薙ぎに吹き飛びリングの上を転がる。


「アリシアッ!」


 横から突然ぶん殴られたようにリングの上を転がっていたアリシアは「大丈夫だ」と答え、勢いが止まるとすぐに立ち上がる。


「オソイナァ……」


 そこに立っていたのは黒影ロザリオ。

 黒い棍棒を振り、アリシアを横からぶん殴ったのだ。


「お前は、速いな……」


 こちらの不意を突かれたのもあるが、彼の姿を目で追いきれなかった。


「ドウモ……」


 またロザリオの姿が消え———かけた。


 ———今度は目で追える。


 彼が魔剣による身体能力強化を使って、高速で移動する———それをわかっているのなら、集中しているのなら、シリウスの身体能力をもってすれば追えない速さでは———ない!

 黒い影が俺の周囲をぐるっと回り、背後に立ち棍棒を———、

 ガシッ……!


「ナニ———⁉」

「……だが、オレ程ではない」


 ロザリオの持つ棍棒を、俺は鷲掴みにしていた。

 向上した爆発的な彼の身体能力を目で追うことができて、その上にそれに対応できるこの肉体……シリウス・オセロットはどこまでもチートな身体能力を持っている。


「ロザリオ、その姿は貴様そのものだな。怖くて仮面を被り本当の自分を出せない……臆病なからそのもの」

「———ッ⁉ ウルサイッッッ!」


 ロザリオを覆う影が形を再び変質させ、大量の刃の触手を作り、俺に向かって一斉に襲い掛かる。


「———バルムンク・ヤイバノアメダッ‼ コノキョリデブキモナシ! ヨケラレマイッ!」


 先ほどから使っている影の刃。無数に生成できる刃付きの触手を———ロザリオは「刃の雨」と名付けているらしい。


「違うな———」

「アッ⁉」

「———名前が違うぞ。ロザリオ……貴様がさっきから使っているその技は『影刃シャドウエッジ』という名前の技だ———覚えておけ」


 無数の刃が向かってくる中、俺は「紺碧のロザリオ」のゲーム知識を披露し、グッとその棍棒を引き寄せた。

 ロザリオの体が、俺に向かって、寄る。そのことに伴い、彼の全身から発生している影の刃が、彼と繋がっている影の刃が、起点がずれたことにより、到達点も同時にずれ、俺の真後ろをからぶっていく。

 ロザリオの懐に入り込み俺は全身を捻り———、


「貴様はオレには勝てない!」


 思いっきりその腹に回し蹴りを食らわせた。


「グボッッッ……‼」


 ロザリオの身体がズササと後ろに下がる。

 倒れない。

 そこまでのダメージは入っていない。やはり全身を覆っている影の鎧は強固なようだ。


 だから、俺はあえて———前に踏み込んだ。


「———ッ⁉」

「そんな魔剣などに頼っていては———な!」


 ロザリオの顔面を殴り飛ばした。

 ガッと音がして、一瞬ロザリオは怯んだが、すぐさま棍棒を振り、


「ダマレェェェ‼」


 俺の顔面を狙ってきたが、それを腕でガードする。


「フッ……!」

「————ギッ!」


 そして、それから俺とロザリオの至近距離での殴り合いが始まった。

 俺がロザリオの身体を殴ると、ロザリオが棍棒で反撃をする。こっちの攻撃は奴のボディに刺さるが、あっちの攻撃はガードする。ロザリオが武器を使っているだけ、モーションが大きく、対処が容易なのだ。だから、俺が一方的にロザリオを殴っているように見える……だが、ガードしているとはいえ、奴は武器を使っているのだ。しかも魔剣で増強された怪力を惜しげもなく使って全力で俺を殴り殺しにかかっている。


 イッテェ……!  


 腕がメチャクチャ痛い……シリウスの身体能力をもってしても、一撃一撃が骨に響く。

 これは早々に決着をつけたいところだ……、


「効かんな……」

「ナニ⁉」

「お前の一撃一撃は———軽い」


 いや、重たいが……精一杯の虚勢を張る。


「お前の語る薄っぺらい正義そのものだ」

「———ッ! ダマレッ! ナニガ……何が薄っぺらいだ!」


 口元を覆っていた影が剥がれ、ロザリオの口が露出され、喋り方が通常状態に戻る。


「正義は正義だ! お前みたいな悪を倒して———俺が正義の味方だと証明して見せる!」

「それも違うな……お前は正義の味方などではない。偽りの正義を振りかざしているだけのただの弱虫にすぎん」

「何っ⁉」

「貴様が正義の味方であるのなら、どうしてバサラ・モンターノを襲った? どうして他の実力者たちを闇討ちなどした?」

「お前を殺すためだ! シリウス・オセロット‼ 邪悪だが強大なお前を殺すためには、俺はレベルアップをする必要があった! そのためにバサラやその他の連中は必要な犠牲だ! その犠牲のためにも! 俺は今日、ここで! お前を殺さないといけないんだあああああああああああああああ‼」


 ロザリオの棍棒のラッシュの速度が増し、こちらから攻撃できないほど過熱していく。

 俺は両肘を前に突き出し、ガードの体勢を取る。

 一方的に殴られることしかできない———。


「そこが違うな……ロザリオ。お前は正義を成したいんじゃない。結局のところ、〝仕返し〟をしたいのだ。自分を虐めていた俺に対して、目にモノ見せてやりたい。正義だ何だと理屈をつけて、自分に酔っているが……お前はただのガキに過ぎない。やられてやり返したいだけの……魔剣という高級なおもちゃを手に入れて、仕返しをしてやろうと悪だくみをした———ただのガキだ!」

「ダマレェェェェェェ‼」


 ロザリオが棍棒を覆っている、影を解放し、魔剣・バルムンクの黒い刀身を晒す。

 それを振りかざし、一気に俺を刺し貫こうと———、


 ソレだ。


 先ほどの棍棒のような形状———それこそが、今のロザリオがロザリオたる証し。彼が間違っている証なのだ。

 俺を殺すつもりなら、棍棒のような形状にせずに剣の状態のまま戦う方がはるかに殺傷力が高い。なのに、打撃しか与えられない棍棒のような状態に武器を変質させた。

 守っていたのだ。

 何を?

 魔剣・バルムンクを———だ。

 万が一にでも破壊されないように影で覆いつくし、大切に大切に梱包をしておく。そうして、いつまでも魔剣を使い続けられるように彼はしていた。 

 力にこだわっていた。

 力を失うことに———怯えていた。

 何故か?


「———そんな薄っぺらい力にこだわっているから! 道を見失い、貴様自身が悪に染まるのだ愚か者め!」


 一喝する。


「偉そうに言うな! 悪の権化が———‼」


 俺の胸に向けて、突きを放ってくるが———、


「一番悪いのは————お前だろう‼」

「———だからどうした‼ アリシア!」

「わかってる———ッ!」

「———ッ⁉」


 ガキィッッッ!


 アリシアが横から入り、ロザリオの魔剣に向かって思いっきり、創王気そうおうきを纏った剣を振り下ろした。上からの力が突然加えられて、魔剣は軌道をそれ、先端がリングに刺さり、


「———はああああああああああああああ‼」


 アリシアが渾身の力を込めて、そのまま魔剣を折ろうと試みる———だが、魔剣の刀身は固く———折れない。


「やめろ! 僕のバルムンクを折ろうとするな!」


 動揺し、影の刃をアリシアに向ける。

 アリシアは魔剣を折ることに必死で———気づいていない———、


オレは確かに〝悪〟だが、妙な理屈をこねて正義面などはしないし———」


 俺は魔剣の上に乗せられているアリシアの剣に足をかけて———そのまま、一気に踏み抜いた。


 パキィィィ………!


「———こんなおもちゃに依存したりもしない‼ 仕返しがしたいのなら、その身一つで堂々と挑んて来い‼ このたわけがッッッ‼」


 俺とアリシアの二人の力が加わり———魔剣の刀身が、真っ二つに折られた。

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