第65話 創王気の力

「アリシア王女……その力は……創王気そうおうきは……?」


 魔剣から発生する影の様子がおかしいことに気が付くロザリオ。


「———バルムンク‼」


 魔剣を振り、影の刃を放つが、創王気そうおうきを纏ったアリシアの刃にたちまち断たれ———その断面からじわじわと、熱で溶かされるように影は消失していき、どんどん広がっていく。

 創王気で切断された面から、魔剣の出した影が〝消され〟ていっていた。


「———ッ⁉ 影が、増えない⁉」


「そうだろう? 所詮しょせん魔剣は魔王の所有物———魔王の力に存在そんざい。一方、この国を作った勇者の末裔であるアリシアには創王そうおうの力が使える。それは魔王の力を打ち消す———いわば魔王の天敵!」


 創王気そうおうきは魔王の力を打ち消す力がある。魔王の力とは無尽蔵に増える魔力———それを断ち切る力が。


 だから———それを使えるロザリオは、ラスボスである魔王を倒す主人公足りえた。それがあろうことか、今は魔王の力に支配されている。

 ならば同じ力を使えるアリシアに、堕ちた主人公を助けてもらうしかない。

 ロザリオは断固としてラスボスとして君臨していい存在ではないのだ。


「クッ……だけど、その程度! まだこっちは負けたわけじゃない!」


 創王気そうおうきに触れた個所を、ロザリオは切り離す。

 そうすると、影の泉は———再びリングの上を侵食するようにダバダバと魔剣から流れ出し、広がり始める。


「まぁ……そう来るだろうな」


 彼は〝増えない〟と言ったが、正確に言うと〝修復できない〟だ。

 あの魔剣が生み出す影は攻撃により破壊されたとしても、すぐさま損傷個所を、傷が治るように影が増殖して修復してしまう。どんなに影を損傷しようと、無限にその損傷個所を魔王の力で修復し、イタチごっこになる。だが、創王気そうおうきで切断された部分は、決して修復されない。

 故に———この場面でアリシアはロザリオを、魔剣・バルムンクを打倒する切り札足りえるのだ。


「———全く、師匠。さっきは肝が冷えたぞ」

「さっき?」


 ロザリオに剣を構えながら、アリシアがジト目でこちらを見、目が泳ぐ、俺の後ろのシリウスジャーの顔を見て、

「分身の術が使えるのなら使えると最初から言ってくれ……! 本当に師匠が死んだものかと……!」

「あぁ……」

 

 彼女の声に含まれている若干の怒気。

 そういえば……古代兵ゴーレムのことは彼女には何も言っていない。ただ、ロザリオの魔剣に対応できるのはアリシアの創王気そうおうきしかないから、協力して欲しいということしか。まぁ説明するのが難しいというのもあったが、一番の理由としては、ここまで来たのが全部時間がない中の思い付きで、行き当たりばったりで計画を立ててしまったので、報告を怠ってしまった面が大きい。

 それなのに、ロザリオの隙をつくために派手な演出をして驚かせてしまい、若干申し訳なくは思うが———、


「フ……ッ、オレがあの程度で死ぬわけがなかろう。シリウス・オセロットだぞ」


 悪役らしく不遜に答える。

 心では謝るが、それを表に出すのはシリウス・オセロットらしくない。


「あぁ……そうだな。確かに、君らしくは———あるな」


 最初の怒気どきは何処へやら、アリシアの身体からフッと力が抜けて、満足したような笑みを浮かべている。


「———何を話し込んでいる⁉」


 ロザリオが激昂する。


「アリシア王女! どういうつもりですか! あなたは嫌々従わさせられているんじゃないんですか⁉」

「…………」


 親し気に俺に話しかけているアリシアがとてもそうは見えず、彼は声を張り上げる。

 それに対しアリシアはロザリオに対してすぐに返答しようとはせずに、ジッと俺に向けて視線を走らせ、


「確かに……魔剣のせいでロザリオは変わり果ててしまっているようだ……あんな口調で話すような人間じゃない。あれじゃあ別人だ」

「な———ッ⁉」


 俺に対してこそっとアリシアは言ったつもりなのだろうが、ロザリオの耳にはばっちり聞こえていたようで、目が見開かれた。

 アリシアも彼に聞かれてしまっていたことに気が付き、それならそれで……と目線を彼に戻し、剣の切っ先を向ける。


「ロザリオ、君は強くなったのかもしれないけれども、それは魔剣によるものだ! その魔剣は強さと引き換えに優しさを奪ってしまう。君はそんな人間じゃあないだろう! だから、ボクが、いやボクたちが君を解放する!」

「———なんだ、なんなんだ……」


 ロザリオの唇がわなわなと震える。


「どう考えても、悪はそっちなのに、一対一の決闘で卑怯な手を使っているのはそっちなのに……!」


 ぶわっとロザリオの足元に広がる影の川が震え始める。


「どうして———僕の方が〝悪〟みたいに言ってくるんだああああぁぁぁぁ‼」


 再び無数の影の刃が作られ、俺達に向かって襲いかかりはじめ、


「———悪はお前だ! シリウス・オセロット! 俺は強くなった! 〝悪〟になど負けはしない!」


 その影の刃を縫うようにロザリオも魔剣を構え、こちらに向かって突っ込んでくる。

 魔剣から発生する影による攻撃と、ロザリオ自身の剣技。それによって確実に俺達を仕留めようと言う作戦に切り替えたのだ。


「アリシア」

「わかってる!」


 アリシアがロザリオを迎撃に躍り出る。

 が———、


「邪魔だ‼ すっこんでろ!」

「———ッ!」


 ロザリオは一斉に影の刃をアリシアに向けた。無数の四方八方からくる刃を容赦なくアリシアへと———。

 アリシアの顔が恐怖で一瞬引きつる。

 彼女はまだ未熟なただの騎士見習いの学生。

 視界一杯からくる、刃の群れなど、さばききれるはずもない。

 だから———、


「———シリウスジャーの出番というわけだ」


 俺は手を向けると、古代兵ゴーレムたちが一斉に前に躍り出、


 ドスドスドスドスッッ!


 影の刃を、その身で受け止めた。


「な———ッ⁉」


 アリシアを狙った刃が、シリウスの分身たちに全て受け止められ、ロザリオは驚愕に目を見開く。

 その隙をついて———古代兵ゴーレムの盾で守られたアリシアがロザリオを射程に捕え、


「———創王気そうおうき‼」


 渾身の力を込めて、魔剣に向かって青のオーラを纏わせた剣を叩きつけた!


 ピシッ……!


 魔剣に、ヒビが入る。

 だが—————、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 ロザリオがメチャクチャに魔剣を振り回すと、彼の感情に呼応した魔剣が影を周囲に放射状にばら撒かれ、アリシアが巻き込まれて吹き飛ばされる。


「きゃっ」


 悲鳴を上げてリングの上を転がるアリシアを———俺はすかさず受け止める。


「師匠……」

「魔剣は……折れなかったな」

「………ああ」


 やはり、創王気そうおうきのままでは足りなかった。

 創王気そうおうきの青の力では魔王の力を破壊するまでには及ばない。一撃で破壊するには、覚醒イベントをえた、創王気の更に先の力でなければ……。


「あああああああああああああああああああああああああ‼‼」


 怒りのあまり叫び続けるロザリオ。その彼に呼応するように魔力の暴風が、彼を中心に巻き起こり、竜巻を作っている。

 その手にはしっかりと———魔剣が握られているが……刀身の真ん中には、遠目でもはっきりと見える———ヒビが刻まれている。


「———だが、ヒビを入れられただけでも上等だ、このまま魔剣に創王気そうおうきでダメージを与え続ければ突破口は見える……はずだ!」


 アリシアは創王気そうおうきの先の力に目覚めてはいない。だが、粘り強く食い下がれば、決して勝てない相手ではない。


「———ああ!」


 アリシアが立ち上がり、力強く返答する。

 そして———これからが本番だと言うように、魔剣から発生している影が地面ではなく、ロザリオの身体を包み始める。


「あれは……」

「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない………ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ————ッ‼」


 黒い影がロザリオの体を侵食し———やがて完全に彼の身体を隠してしまう。


「アクハ———ゼッタイニユルサナイ……」


 黒いのっぺらぼう———〝黒影〟と化したロザリオ。

 彼は魔剣・バルムンクをすらも影で覆いつくし、武器エモノを棍棒のような形に変質させた。

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