第46話 黒い影の正体

「ヒャッハ——————————————————————————ッッッ‼」


「……………」


 湿地帯の南西部。

 ルーナ・オセロットは反応が消えた古代兵ゴーレムに何があったか調べるために来ていた。

 そこで遭遇したのが、『スコルポス』扮する盗賊団の皆様だった。


「ヒャッハ——————————————————————————ッッッ‼」


 強面だが気は優しい禿頭とくとうの男——ゲハルと幼い少女でありながらマフィアに身を置くロリ———リタを中心とした五人の盗賊たちが、ルーナの前に立ちふさがっている。


「ヒャッハ———————————————————————————ッッッ‼」

「あの……そういうのいいので……」

「はい」


 冷静にルーナが諭すとスッとゲハルたちが真顔になる。


「ご苦労様です……『スコルポス』の皆様方……」

「ああ、これはこれはご丁寧に……」


 ルーナが深々と頭を下げると、先ほどの盗賊団としての振る舞いはどこへやら、ゲハルたちも一斉に頭を下げる。


 彼女たちは顔見知りだ。


 このモンスターハント大会を運営する上で、ルーナは鉄仮面軍団を操り、生徒たちをサポート、ゲハルたち『スコルポス』は討伐ランクSのボスモンスターを監視しつつ、時折生徒たちを襲い、鍛え上げるというお邪魔キャラとして同じ役割を持つ者同士。シリウスの仲介で顔を合わせ、この大会当日まで何度も何度も顔を合わせて綿密な打ち合わせを交わした同志だった。


「ルーナ嬢ちゃんだけかい。兄貴の方は?」

「先ほど毒蛇にお兄様は噛みつかれまして……解毒は完了しておりますが……念のために休憩をしております」

「何だって⁉ そりゃあ大変だ! 解毒薬は足りるか⁉ 俺達も持ってるから少しわけようか⁉」 


 あたふたとゲハルが慌てて部下の一人から解毒薬を奪い取ろうとする。

 本当にいい人だ。なんでマフィアをやっているのかわからなくなる……。


「心配はいりません……お兄様はお強い人であらせられます故、あくまで念のために休息をしてるだけで御座います……それよりも、ロザリオ様を見かけませんでしたでしょうか?」

「ロザリオ? どうして?」

「ミルカ様たち……第37班が本来のコースを外れ、この一帯に辿り着いており、危険なので元のコースに戻そうと私とロザリオ様が引き留めに向かったのですが……いつの間にやらロザリオ様までお隠れになってしまい……彼の行方を知りませんでしょうか?」


 尋ねると、なぜかゲハルはにやりと笑い、


「大丈夫さ、心配すんな。ロザリオならひょっこり出て来るさ! 安心しなってルーナ嬢ちゃん」


 そう言って、ゲハルはミルカの方をバンバンと叩く。


「そ、そうなのですか? ゲハル様たちはロザリオ様とお知り合いで……?」

「ロザリオは……強くなった……あれほど才能にあふれる……やつを……私は……知らない」


 たどたどしい喋り方で、リタが言う。


「リタ様?」


 ルーナは何度か彼女とも顔を合わせているが、彼女が自分から喋るところを見るのは初めてだった。


「……心配……いらない……安心して待ってるといい……私が……保証する……それに、ロザリオはアレを持っている……オヤジに認められて譲ってもらったアレを……」


 にっこりと誇らしげに微笑むリタ。


「アレ……とは?」


 ルーナの問いかけに、リタは短く答えた。


「————魔剣……だよ」


 ◆


「———トツゼンデ、モウシワケナイ。ショウブシテ……モラオウ」


 ティポとザップは謎の黒い影に遭遇し、


「「ヒエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェ~~~~~~~‼」」


 悲鳴を上げて逃げ出した。


 が———、


「ひッ、崖が……⁉」


 黒い影から逃げようと思っても逆方向は行き止まり———何十メートルもの高さの崖しかない。

 道は一本。

 崖に飛び降りるか、〝黒影〟に立ち向かうかしかティポとザップには手がなかった。


「ひ、ひぇぇぇ……」

「あ、ティポ様ッ!」


 ティポが一歩後ずさる……と、下がった足の下には何もない。

 崖から足を踏み外してしまい、


「ん……あ! あああああああああああああッッッ!」


 そのままティポの太った体が落下していき、


「たすけてぇぇぇぇ———‼」


 必死の形相でザップの足を掴む。


「———ティポ様やめッ⁉ ヒ、ヒィィィィィィ……‼」


 落ちていくティポに足を引っ張られ、ザップもまた——落ちていく。


「だ、誰か助けてくれぇぇぇ……‼」

「ティポ……! ティポォォォォ! てめぇぇぇ……!」


 ティポとザップ。二人して崖のでっぱりにつかまり、必死に落ちまいとしている。ザップは本来落ちなくてもいいのにティポに引きずり込まれ、鬼のような形相でティポを睨みつけているが、ティポは半狂乱になりながらも必死に助けを求めていて、ザップの様子になど気にも留めていない。


 ガラッ……。


 彼らの顔に小石が当たる。

 崖の上から人が覗き込んできた。


「助け……ヒッ……!」


 〝黒影〟だ。

 謎の黒い影が、つるっとした表情も何もない顔で覗き込んでいる。


「ヒッ、ヒェェェェ……!」


 恐怖で身がすくむ。まさに絶体絶命の状況———ティポは死を覚悟した。


「———コレデハショウブガデキナイナ……なぁ~んてな☆」

「———え?」


 黒い影の顔の表面がザッと拭われる。


「僕だよ。僕!」


 まるで表面を黒い布を覆っていただけのように、引かれ、中にいた〝人間〟が姿を現す。


「「ろ、ロザリオッッッ⁉」」


「そう———ロザリオ・ゴードンだよ☆」


 その中の人間はティポとザップが良く知っている人間———ロザリオ・ゴードンだった。

 彼の表面を覆っていた黒い影はどんどん引いていき、やがてその手に持っていた黒い剣へと収束していく。


「な、なにやってんだよ……? ロザリオ、今のは何だったんだよ……⁉」


 声を震わせながら尋ねるティポ。

 今のロザリオはどこか怖かった。

 自分たちが崖から落ちそうで、死にそうになっているというのに、彼は笑みを浮かべててみろし続けている。

 助けようという気概が、今の彼には感じられなかった。


「———ろ、ロザリオ! いいから助けろ! こんなところから落ちたら死んじまう!」

「や、ヤンスヤンス! 俺たち友達でヤンしょう⁉」


 必死に助けを求めるティポとザップだが、ロザリオは一層口角を上げて、


「———これが見たかったんだよ‼」


 心底嬉しそうな、壮絶な笑みを浮かべた。


「クズどもが自分の行いを顧みずに、必死に俺に助けを求める光景———僕はこれが見たくて強くなったんだ……あぁ、お前らの顔を見ていると本当に生きているって感覚がするよ……わざわざ見に来てよかった。ありがとう、ティポ、ザップ、楽しかったよ」


 そう言って、ティポがつかまっている手に足を伸ばして、思いっきり踏みつけた。


「イッ……あ……!」


 痛みに、反射的に手を広げてしまい、ティポはでっぱりから手を放してそのまま空中に身を投げ出される。


「バイバイ、クズ野郎☆」


 そのまま、ティポの姿は崖下へ消えていった。


「ティ、ティポ様あああああぁぁ……あぁ……ろ、ロザリオ様! このザップはティポに言われてやってただけで、あなた様を虐めたくて虐めようと思ってたわけじゃないんでヤンス!」 


 ザップはティポの姿が見えなくなると、ロザリオに向かって媚び始める。


「———えぇ⁉ そうだったのぉ?」


 ロザリオは、オーバーに驚いたようなリアクションを見せ、


「そ、そうだったんでヤンス! だから……!」

「嘘つくなよぉ☆」


 ガッと音が鳴るほどの強さで、ザップの足も踏みつけた。


「ギヤアアアアアアアアアアア‼」 


 その力が強すぎて、ゴキッとザップの指の骨が何本か砕けてしまう。

 そんな手で体一つ引き上げる力など発揮できるわけもなく……ザップの身体もそのまま崖下まで落下していった。


「お~……落ちた落ちた……やっぱ、悪は滅びるんだよなぁ~……」


 崖下の木々の中に二人の身体が突っ込んでいき、消えていくのを見守ると、ロザリオはくるりと踵を返してその手に持つ黒い剣をしまった。


「あぁ……ティポ……そういえば僕は質問に答えてなかったな……これなんだけど……」


 人差し指の腹で、黒い剣の柄をトントンと叩く。


「これは———君たちみたいなクズをこの世から消すための力だよ☆」


 もはや、聞く者も誰もいない崖の向こうをロザリオはチラリと振り返り言った。

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