第41話 毒に体を侵される

 ———あいつら……遺跡のボスを連れてきやがった!


 恐らくミルカ班が逃げていたのは、こちらが設定したコースを守らずに勝手に古代遺跡へ向かったからだろう。そして、そこにいた蛇の尾を踏んでしまい、慌てて逃げていると言うところか。

 厄介なことをしてくれる。

 だが———、


「総員、戦闘準備」


 俺は冷静に指示を飛ばし、アリシアたちが剣を抜き構える。

 ここでヴェノム・ナーガと対峙するのは想定外だが、どちらにしろこれから倒す予定の相手———このメンバーで勝てない相手ではない。

 湿地帯で足場が悪いのが気がかりだが……。


「ロザリオ、アリシアは前衛! ミハエル、ルーナは後裔にて援護を行え、オレは……、」


 と、ロザリオとアリシアと入れ替わるように後方に下がろうとした時だった。

 ヌルリと足が沈んだ。


「何っ……⁉」


 両足が膝のあたりまで沈んでいた。

 沼のぬかるみに足を取られたようだ。だが、おかしい。俺はちゃんと足がとられるようなぬかるみは避けてここまで来たはずなのに……!


「ロザリオ、アリシッ⁉」

「くっ……!」

「なんだ……⁉ 足元が急に沼に……!」


 彼らの方を見ると同様に足元をぬかるみにとられ、沈んでいっていた。 

 どう考えてもおかしい、彼らが歩いていた場所も普通の土の上だった。


 何が起きている……と視線を走らせると、ミハエルの杖が光っていた。


 ニヤリと笑っている。


 あいつだ———あいつが土魔法で俺たちの足場をぬかるみに変えたのだ。


「師匠! 危ない!」

「———ッ⁉」


 正面を向く。


 ————シャアアアアアア‼


 大蛇の牙が眼前にまで迫り、


「グッ……!」

「お兄様⁉」


 牙が———俺の肩に、突き刺さる。

 

 深く突き立てられる前に、何とか両手で掴み、受け止めたが……!

 ジュウウウ……と牙が突き立てられた傷口と、両の手を焼く。


「師匠……くそ……ッ! 沼に足を取られて、動けない!」


 アリシアが何とかぬかるみから足を出そうともがくが、全く抜け出せない。


「ぐ、ぐうううう……!」


 溶解液に溶かされ、肩と手に激痛が走る。


「師匠! 離せ! 手が解けているぞ!」

「たわけ……離したところで……! この蛇の牙が刺さるだけだろう⁉」


 ならばどうするか———俺は牙を握る手に更なる力を込めた———!


 ————シャッッ⁉


 大蛇の雰囲気が変わった。

 どう猛な捕食者の雰囲気から、怯み、怯えた弱者のものへと———。

 ピシピシ……と大蛇の牙にひびが入っていく。


「あああああああああああッッッ!」


 俺は———力任せに大蛇の牙を握り———潰す。


 —————ィアアアアアアアアアアア‼


 大蛇の両牙が砕かれ、痛みに悶えるヴェノム・ナーガはたちまち逃げ出した。


「師匠! 大丈夫か⁉」

「お兄様!」


 ぬかるみからようやく抜け出したアリシアとルーナが駈け寄る。


「———治癒ヒール!」


 ルーナがすぐさま治癒魔法を傷口に施し、アリシアが解毒薬を荷物から取り出し、俺に渡す。


「大丈夫だ……このくらいなんてことはない……」


 心配されて思わず強がりを言ってしまう。本当は今にも泣き叫びたいほど手と傷が痛かったが、シリウスとして弱気な態度は見せられない。そう思った。


「だけど、傷が……」

「もう……塞がっております」


 ルーナの治癒魔法のおかげか、溶けた肩と手の傷は既に塞がっている。

 あとは少し毒が傷口から入り、全身が焼けるように痛むが、解毒薬を飲んだので恐らくは大丈夫だろう。

 それに、あくまでただの感覚なのだが、これ以上悪くなるような感じはない。シリウス・オセロットの身体は恐ろしく強靭だ。だから、この程度の毒では死にはせず、これ以上悪化することはない。徐々に肉体が回復へと向かっているという感覚がある。


「本当に大丈夫か? 毒にやられたんだぞ?」

「心配ないと言っている。オレを誰だと思っている」

「でも、昨日はあまり休めていないだろう? 寝ずの番をしていたんじゃないか?」

「……?」


 アリシアを見る。

 確かに俺はロザリオを探しに行ったり、アンを助けたりして、最終的には気絶をしてしまい、ちゃんと休めてはいない。

 そして朝方に帰ってきている。

 アリシアは何故だか昨日の夜、俺がパトロールか何かをしてテントを開けていたと勘違いをしてるらしい。


「あ、ああ……確かにそうだが……」

「やっぱり、君は優しいからボクを助けた後も他の生徒を見守ったりしていたんだろう……無理をし過ぎだよ」

「?」


 何の話をしている?

 アリシアは微笑み。


「ロザリオ。この近くに休憩できる場所はないか?」

「近くにカエル漁用の小屋があるようです。そこで一休みしましょう」


 地図を見続け、頭の中にしっかりと入っているロザリオが遠くを指さす。


「うん、じゃあそこでいったん休憩を取ろう。肩をかそう」


 アリシアが俺の脇に頭をくぐらせて肩を担ぐ。


「いらん」

「遠慮するなって」


 振りほどこうと思えば振りほどけたが、心配してくれるアリシアを無下にするのもアレだと思い、そのまま彼女に担がれた状態で、小屋に向かう。

 そんな俺達を———ミハエルはずっと睨み続けていた。


 ◆


 木組みの少しだけ朽ちかけている小屋へと移動する。

 小汚い布が敷かれたベッドが設置してあり、何処の誰が寝たかもわからないようなものの上に寝転ぶ気にはなれず、ただ腰を掛けるだけに収まる。


「大丈夫か? 師匠」

「ああ」


 さっきからアリシアがそう尋ねてくるのは何度目になるかもわからない。

 それだけ彼女は俺のことを心配し、つきっきりになっていた。


「お、お兄様……! あの、お体の具合が悪ければ、このルーナめの膝の上でお休みください……! 無能なルーナでありますが、その程度の役には立ちます……!」


 俺の隣に座ってルーナがポンポンと膝を叩く。


「いや、そこまではしなくていい……」

「そ、そんな……昨晩優しくされた分、ルーナはお兄様のお役に立ちとうございます……! 何か、何かルーナにご命令をば……!」


 昨日しっかり休んで元気いっぱいになって、逆に落ち着かないのか、ルーナは何やら張り切っている。

 彼女の瞳は赤く輝き、背負っている〝ギャラルホルンの杖〟の先にある宝玉も光り輝いている。

 今も、彼女は古代兵ゴーレムを操作し、他の班の生徒たちを見守っていると言うのに、まだ尽くそうとするとは……。


「構わん、誰が妹の手など借りるか。オレは一人で大丈夫だ」

「そ、そんな……それでもお兄様が心配で……」

「もぉ~、師匠。人の好意は素直に受けるものだよ」


 アリシアが苦笑して朗らかな空気が流れる。

 何だか安心する。

 が、こんなことをしていていいのか? 

 この世界は俺を中心にしているんじゃなくて、ロザリオを中心に回っているんだぞ?

 俺がヒロインたちに囲まれてなごんでいる場合じゃないだろう。ロザリオに何らかのアクションをしてもらって、アリシアとの仲を取り持たなければ。

 そう思い、彼の方を見ると……何やら真剣な表情をして窓の外を見つめていた。

 こちらを見てすらいない。


「ロザリオ? どうした、何か気がかりでもあるのか?」

「ええ、さっき別れたミルカ、さん……達の班が無事かどうか、気になっていまして……ここら辺は毒蛇の巣穴があるでしょう。そんなところに落ちては大変です」


 ロザリオは呆れた様に肩をすくめて首を振る。

 確かに、彼の言葉には一理ある。

 解毒薬は所持しているのだろうが、毒蛇が大量に溜まっている巣穴などに落ちようものなら、瞬く間に何十という毒蛇に噛まれ、たちまち命を落とす可能性もある。

 俺は無言でルーナを見る。

 彼女なら古代兵ゴーレムを使って生徒の捜索が可能だ。

 ルーナは俺の意志をくみ取ったように頷く。


「わかった。ならばオレたち兄妹が出向こう。貴様らはここで休んでいろ」

「ちょちょちょ、師匠! この休憩が元々誰のための休憩か忘れたのか? 君が一番休んでいなければいけない人間だろう!」

「そうですよ。会長。捜索は僕が行きます」


 アリシアに止められ、ロザリオが名乗りをあげる。

 できれば俺とルーナで探しに行き、人の目はばからず古代兵ゴーレムを使いたかったものだが、そう言われれば下がるしかない。


「そうか……ならば、ルーナを連れて行け。何かの役には立つだろう。いいな、ルーナ」

「お兄様の仰せのままに……」


 ルーナはやるべきことをわかってくれているだろう。 

 それとなく古代兵ゴーレムを使い、ミルカ達を見つけ、ロザリオに報告してくれるはずだ。


「わかりました」


 そう言って剣を鳴らしてロザリオは外に出ていき、ルーナも俺に一礼して彼の後に続く。

 そういえば、一応ルーナもロザリオのヒロインではあるのだ。

 これをきっかけに彼らの仲も深めていただきたいものだ、と思う。。

さて……。

 この小屋には三人の人間が残された。 

 俺とミハエル王子と、アリシア王女。


「…………」


 何だか、落ち着かない空気が流れていた。

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