第39話 合流

 大樹のうろから出て、しばらく歩くと、森を巡回している『スコルポス』の構成員と出会った。


 目の上に傷があるツルピカのマッチョマンで、俺が『スコルポス』の事務所に行ったときに脅してきた男だ。


「おう? あんちゃんこんなところでどうしたんだい⁉」

「これはどうも、ゲハルさん」


 彼———ゲハルとは今回のモンスターハント大会の協力を依頼するときに打ち合わせで何度も話していくうちに打ち解けてしまった。


「はぐれたんかい? 案外あんちゃんもドジやなぁ~、ガッハッハ!」

「フッ……はぐれた生徒を探しに来たら、な。申し訳ないがゲハルさん。俺の班の場所まで送ってくれないか?」


 軽口を叩き合っても、違和感がないほどに。


「おう、それは構わねぇよ」

「助かる」


 彼はシリウス・オセロットが、さん付けしてもいいほどには、いい人だ。顔に似合わず世話好きで思いやりがあり、子供好きのどうしてマフィアに身を置いているのか謎になるほど。


「時に、ゲハルさん。アンを見なかったか?」

「アン? どうして?」

「いや、はぐれた時に一緒になっていたが……目を離した隙にいなくなってしまってな」

「そっかぁ……そりゃあ災難だ」

「災難? 俺がか?」

「いやぁ……まぁ、心配するこたぁねぇ。アンは朝日が昇り始めたころ、俺と会ってる」

「ゲハルさんと?」


 アンも彼と同じ、『スコルポス』の構成員だ。

 ならば、無事に保護してもらったのだろう。


「ああ、あいつのキャンプ地の場所を教えてやったから、今頃合流してると思うぜ」

「そうか……」


 彼女の無事をしっかりと確認出来て、俺は胸をなでおろした。


「あんちゃんがアンの心配をするとはなぁ……こりゃ、アンも災難だ……」

「? 何を言っている?」

「いやぁ、なんでもねぇ」


 ハゲ頭を撫でるゲハルは意味深なことを言うが、どういう心情なのかはわからない。


「あぁ……それとゲハルさん。実は頼みたいことがある」

「頼みたいこと?」

「俺達の班はこれから第三チェックポイントである古代遺跡までの湿地帯を行く。その間にイベントとして『スコルポス』の構成員に野盗に扮して襲撃して欲しい。構わないか?」

「そいつぁ……構わないが……そりゃあ、アレかい? 生徒を鍛える為ってやつかい?」

「そうだ」


 肯定する。

 『スコルポス』を雇った元々の目的は討伐Sランクの魔物が生徒たちに近寄らないようにするためと時折野盗として生徒たちを襲い、生徒たちの訓練をしてもらうためだ。

 その役目を果たしてもらおうとゲハルに頼むが、なぜか彼は渋った様子で、


「あんちゃんの班は王子と王女と、ロザリオがいるだろう?」

「……? そうだが?」


 王子と王女と……どうしてその面子で彼の名前が出るのだ?


「みんな騎士としてレベルが高い、そんなあんたら相手に訓練何て必要があるのかね?」


 ……まぁ、そうだが。

 俺やミハエルは言わずもがな、ロザリオは急になぜか強くなってしまっているし、アリシアが最弱というありさま。

 一応このイベントの体としては、レベルの低い騎士候補生のレベルを上げるという体で、それに同調して『スコルポス』は参加してくれている。

 だが、そんな中で俺達の班は飛びぬけてレベルが高い。

 はたから見ると全く訓練の必要性がないと思われるほどに。


「そこを押して頼む。このモンスターハント大会はただの訓練ではない、イベントでもある。エンターテイメントでもあるのだ」


 だから、説得するのには無理やり理屈を付けなければならない。


「……うん?」


 俺が何を言っているのかわからないとゲハルは首をひねる。


「このイベントを通して学生同士助け合い、絆を深めていくイベントでもある。それには一つの障害を与え、仲間と共に乗り越えるのが一番いい。ということであなた方に障害として我らの前に立ちふさがっていただきたい」

「つまり……俺達を使って、王女様たちにより仲良くなってもらいたいと」

「話が早くて助かる」

「俺達はマフィアだぞ? どうしてそんな脅かし役みてぇなことをやんなきゃなんねぇんだ?」


 ゲハルの声が低くなる。

 機嫌を損ねてしまったか……?


「やってくれないのか?」

「はっきり言うぜ、あんちゃん……」


 ゲハルがガッと俺の肩を掴んで顔を寄せる。

 そして間近で俺を睨みつけると、


「———そういうのは……大好きだ!」


 ニカッと歯を見せて笑った。


「……助かる」


 一瞬、ぶん殴られるかと思った。

 シリウス・オセロットとして怯んではいけないのだが、強面のゲハルの顔が至近距離にあると流石にビビる。

 ゲハルはあごに手を当てて、


「ハッハ~ン……そういうことか、兄ちゃんの班には王子と王女様がいるものなぁ、あの二人だろ? 許嫁だろ? 王子様に仲を取り持つように頼まれたんだろ?」

「まぁ、そんなところだが……俺個人としてはそっちの関係性を進めるつもりはない。王子よりもロザリオという平民の方が王女にはお似合いだと思ってな」

「ロザリオが⁉」 


 目を丸くするゲハル。


「……やはり知り合いなのか?」

「いや、まぁ……ちょっとな……だけど、ロザリオが王女様とねぇ……だけどそりゃあ、いいのか?」

「いいも悪いも、アリシア王女はミハエル王子を嫌っている。望まぬ恋より望む恋。王子の恋はこれ以上やっても不毛だ。ここですっぱりと諦めてもらうために、ロザリオをあてがう」

「そりゃあ……なんだか絆を紡ぐとか言っておきながら、あんちゃんがさっき言ったこの大会の趣旨と真逆のことな気がするが……」

「真逆ではない。絆を紡ぐにしてもちゃんとしたものでなければならない。良縁だけでつながる関係こそが絆となる。悪い縁はここで一度断ち切っておかねばならないのだ」

「そういうもんかね……まぁ、俺としてはロザリオと王女様がくっつく方が面白れぇから、協力してやっけどな!」

「助かる」


 本当に、ゲハルさんが気のいい男で良かった。

 そのまま二日目のことについて打ち合わせしながら、共に森の中を歩いていると、いつの間にか俺たちのキャンプがある名もなき湖の畔へと辿り着いた。


「それでは、後のことは頼む。ゲハルさん」

「ああ、任せなあんちゃん」

「ああ、それと……」


 俺は懐からアンのナイフを取り出し、ゲハルに渡す。


「後でアンに会ったら、それを渡しておいてくれ」

「こりゃあ、アンのナイフか?」

「ああ、なぜか俺が目を覚めると枕元に落ちていた」

「そりゃあ……難儀なことで……」

「頼んだぞ。いろいろと、それではな」

「ああ、おい!」


 キャンプ地にミハエルとロザリオの姿が見える。ここでずっと話し込んでいては二人に気づかれるかもしれないと思い、早急にゲハルと別れた。


「本当に……災難なこったなぁ……」


 そう、ゲハルが言っていたたが、俺は振り返らなかった。


 ◆


 ロザリオたち———班員と合流したが何だかピリついた空気が流れていた。


 テントの一つは壊れているし、ミハエルもアリシアも暗い顔で互いに言葉を交わそうとしない。二人とも言葉少なに黙々と朝食を取っていた。

 二人に何があったのかを聞いてもろくに答えようとせず、アリシアは気まずそうになんだか俺を避け、ミハエルに至っては強い眼光で威嚇をするように俺を睨みつけてくる。


 俺が一体何をした? 


 二人とも立った一晩で態度が変わり果てていた。

ロザリオだけが「いままでどこに行ってたんですか?」と昨日と変わらぬ様子で俺に話しかけてきてくれる。


「少し……出ていた……それよりも……」

「何です?」

「いや……なんでもない……」

「そうですか?」


 貴様こそどこにいたのだとロザリオを問い詰めたかったが、下手に突っ込むとどうしてシリウス・オセロットがロザリオを心配するのだと言う話になそうだった。そして、そこから先の言い訳も考えねばならなくなるので、ぼかしておいた。


「~~~♪」


 鼻歌を歌いながら、一人上機嫌で荷物をまとめ始めているロザリオ。

 フラフラと昨晩は森の中へと入っていっておきながら、何事もなかったかのように帰ってきている。

 彼の身が無事であったから良かったものを……いったい何の目的で……。

 嫌な予感がする。

 朝の準備を進めているこの空間において、一人だけ昨日と変わらぬ態度が逆に異質だった。

 いや、もう一人いた。


「お兄様、出立の準備ができましてございます……!」


 ルーナ・オセロットだけは血色のいい肌をして、張り切った様子で自分と俺の荷物を抱えていた。

 彼女はゆっくりと寝ることができたようで何よりだ。

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