第23話 悪役貴族は殺されなくていい。


 どうしてだ……どうしてこうなった……。


 ロザリオは完全にヒロインルートを外れて、親友とどこまでも強くなるルートへ行ってしまった。


 ロザリオはバサラと共に学園を退学し旅に出ると宣言し、ヒロインたちはロザリオに興味すら示していない。


 それどころか……自分で言うのもアレだが、アリシアはシリウスルートに入ってしまっている。

 本編だと蛇蝎だかつ の如く嫌って顔を合わせるのも避けていた関係だったのに、何をどうしてしまったのか、剣を教える師弟関係になってしまった。


 このままでいいわけがない。


 そりゃ、この『紺碧のロザリオ』というゲーム内のメインヒロインと恋仲になれるのならなりたい。アリシアはパッケージヒロインなだけあって、格が違うほど顔は良い。

 だが、俺は悪役貴族のシリウス・オセロット……シリウス・オセロットの体なのだ。

 『紺碧のロザリオ』というゲームで、ロザリオ・ゴードンというキャラクターに感情移入をしてアリシアと共に『古代の魔王』を倒して、感動の結婚エンドを見た俺としては、その途中まで出てきていた傲慢ごうまん外道げどうなシリウス・オセロットとアリシアが付き合うなんて展開は、言語道断なのだった。

 絶対嫌だ。

 NTRやんそんなの。

 例えるなら、‶某魔法学校を舞台にしたひたいに傷持つ少年の児童文学〟で、〝けがれた才女さいじょ〟が‶○描マルかいてフォイ〟と付き合うような感じだ。


 何とか、何とか、ルート修正をせねば……! 


 ———放課後。

 俺は一年生の教室がある一階廊下を突き進んでいた。


 放課後にアリシアに校舎裏に呼び出されているが、そんなのに付き合っている場合ではない。さらっと無視しよう。

 ロザリオを見つけなければ。

 なんとか、彼とアリシアの仲を取り持たねば!

 そして、まず創王気そうおうきを習得してもらって強くなって貰わないと……古代の魔王を始めとしたラスボスを倒せない。

 早く強くなってもらって、俺を殺す覚醒イベントをこなしてもらって……、


「いや、強くは……勝手に……なってんだよな……」


 俺を〝殺して〟もらう……必要はあるか……?


 冷静に考えれば、『紺碧のロザリオ』のストーリー展開上でシリウス・オセロットが〝死ぬ〟必要はどこにもない。


 シリウスとロザリオが戦う必要になるのは、この学園の最強を決める決闘祭の準決勝でロザリオとシリウスが対峙する、学園内のイベント上の話だ。

 そして、ロザリオがシリウスに〝勝つ〟必要は、ヒロインのルートによって異なる。

 だが、ストーリー進行上、〝死ぬ〟必要はどこにもない。 


 アリシアルートではロザリオとアリシアの関係が父親にバレて、勘当され王族の立場を失ったアリシアをシリウスが強姦しようとしたから。故に彼を打ちのめさなければならなくなったという展開で。

 ルーナルートではルーナの才能に嫉妬しているシリウスが彼女をいじめ殺そうとしていたので、それをめさせるという展開。


 ———プレイヤーの感情面で殺したいとは思ってしまうが、『紺碧のロザリオ』という世界の上ではシリウスが生きようが死ぬまいが、特に変化はない


 格上のシリウスに、ロザリオがヒロインのために激しい感情を抱くことで、彼の真の力が覚醒する。そういう展開———それに近い展開があれば、シリウスは死ななくてもいい。 


 なんとか、ロザリオに使命感を持ってもらって、別のイベントで覚醒イベントを代用してもらう……それなら、無理に俺が死ぬ必要もない。


「なぁんだ……」


 ホッとして思わず独り言を漏らすと、周りにいた一年生が何事かと俺を見る。

 そりゃシリウス・オセロットが急に柔らかい雰囲気になったらギョッとするだろう。


 だが、俺は今……安心して……嬉しいのだ。


「悪役貴族になったけど、無理に死ぬ必要はないんだ……なんだかんだでロザリオはバグルートに行って、勝手に強くなっていってるみたいだし、それと同じようにゲーム上にないイベントを発生させて、ロザリオを覚醒させればいい。もしかしたらシリウス・ロザリオ共闘ラスボス撃破エンドなんてルートに行きつくかもしれないな」


 それなら誰も、俺も死なずに大団円じゃないか!


 なぁんだ。


 今世を諦めるなんてせずに、最初からそのルートを目指せばよかった。


「おい、会長なんかブツブツ言ってるぞ……」

「一人でニコニコ笑って……キモ……」

「おい、やめろ! 殺されるぞ!」


 一年生が何やら陰口をたたいているが、全く気にならない。

 アリシアルートにロザリオが行ったとしても、俺はアリシアを強姦しようとしなけれいいし、ルーナルートに行ったとしても、ルーナを虐めずに優しくすればいい。 


 恨みを買わなければいい。


 そうしたら、俺はこの世界で生きていていいんだ!


 両手を広げて天を仰ぐ。


 世界に祝福されている気がした。


「あの……会長……一年生の教室に何か用ですか?」


 あまりの俺の様子のおかしさに、三つ編みの真面目そうな一年生が声をかけてくる。


「ああ、何でもないんだ! そこのきみ。ロザリオくんを呼んでくれないか?」

「え、きみ ? ロザリオ、くん……?」

「いないのかい?」

「いないの……かい⁉ いえ、ロザリオ君ならまだ教室にいますから呼んでこれますけど……会長……本当に会長なんですか? 口調が少々……」

「本当に会長だよ。悪いんだけど、ロザリオ君を呼んできてもらえるかな?」

「かな⁉ は、はい……」


 かなり優しく声をかけたつもりなのに、三つ編みの女の子は体をぶるぶると震わせ、心底恐ろしいものに出会ったような様子で、教室へと引っ込んでいった。


 そうだ。これからは優しくしていこう。


 悪役貴族だけど、これからは優しく生きていこう。


 そうやって好感度を稼いでいければ、この転生先のファンタジー世界で楽しく穏やかに暮らしていける。

 予想外のセカンドライフが舞い込んできた!


 喜びに打ち震えていると、ロザリオ・ゴードンが教室から出てきた。


 先週見た時と違い、体が逞しく鍛え上げられていて、顔立ちも端正になっている。

 彼は確実に強くなっていっている。後は、アリシア他ヒロインとの仲を取り持ち、『紺碧のロザリオ』のゲーム知識を使ってこの世界が平和に保てるように調整をする、俺の役目はそれでいい。それがいいじゃないか。


「あ、シリウス会長!」


 ロザリオは俺を見た瞬間、パッと顔を明るくさせ、手を上げる。


「やあ、ロザリオ君!」


 俺は彼に向かって手を振り返す。

 すると、彼はタッタッタッと俺の元に走り寄り、


「わざわざ僕に会いに来てくれたんですか? 嬉しいなぁ~」


 照れた様に頭を掻く。


 ほら———もうこの世界イージーモードだ。


 何だかよくわからんが、ロザリオは俺を慕っている様子で、多分好感度も相当高い。

 

 ルート修正なんて……まるで全然、する必要ないじゃあないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る