第20話 ロザリオがいない⁉

 モンスターハント大会までの一週間。


 一瞬でその期間は過ぎていった。


 大会の運営に関することはトラブルなく、非常に順調に準備を整えていった。

 生徒会の役員を関係各所へ手回し、施設の設置にあて、タルラント商会にテントやロープのようなサバイバルにおける必要な道具アイテムをそろえてもらった。そのための資金はオセロット家からも出ているが、ミハエル王子のポケットマネーからも出ている。

 これでアリシアを僕のモノにできる、と気持ち悪い笑みを浮かべて、金が足りなければどれだけでも頼れと言ってくれたので、そのお言葉に甘えさせてもらった。


 おかげで、かなりクオリティの高い大会になりそうだ……。


 全ては順調……順調だと思っていたが……。


「———ロザリオ・ゴードンはどこだ?」


 中庭を一望できる聖ブライトナイツ校舎三階の廊下。


 そこで俺はある二人を呼び止め、疑問をぶつけていた。


「へ、へぇ……どうして俺たちに? そんなことを尋ねるんで?」

「そ、そうでヤンス……それにどうして会長様がロザリオなんかのことを気にかけるんでヤンスか?」


 ロザリオのいじめっ子―――ティポとザップだ。


 太ったたるんだ腹を揺らし、汗をかいているのが主にロザリオを殴っているティポで、ガリガリの肉のついていない棒の様な体をしているのが、その腰巾着のザップだ。

 オレに話しかけられるなんて微塵も思っていない、それに先日殴られた苦い記憶があるので、二人とも首を縮めてビクビクと体を震わせていた。


「いいから答えろ。ロザリオ・ゴードンという一年生が一週間近くも学園に来ていない。これはどういうことだ?」


 俺は焦っていた。


 大会の運営にかまけて、肝心のロザリオに全く意識を向けていなかった。

まさか、彼が不登校になっているなんて夢にも思わなかった。この『紺碧のロザリオ』の主人公が、騎士の学園に来ていないなんて……。

 ロザリオはそのうちアリシアと再び巡り合って、今頃その仲を、絆を、多少なりとも深めているのだろうと勝手に思っていた……。


 本編のルートと全然違う。


 シリウス・オセロット周りが全然ゲームと違うのは、俺がやりたい放題やって、まきでロザリオ・ゴードンの覚醒を早めようとしているから仕方がないが、肝心のロザリオの方がおざなりになってしまっていては本末転倒だ。


「まさか貴様たちがまたよからぬことをしたのではなかろうな?」

「ヒィ———⁉ し、知りません! 俺たちも何も! なぁ⁉」


 ティポがザップを見ると彼もぶんぶんと首を縦に振る。


「そうでヤンス! 俺たちも会長にやられた憂さをあいつで晴らそうとしたでヤンスが! ここ一週間どこ捜してもいないんでヤンスよ! せっかくまた人間サンドバックにしてやろうと思ったのに!」

「おい、バカ!」

「あ」


 ティポがザップを小突く。

 またそんな馬鹿なことをやろうとしていたのか……これはまたこいつらにきゅうをすえる必要がありそうだが、今はそんなことをしている暇はない。


「モンスターハント大会は明日だというのに……一体どこでブラブラしているというのだ⁉」


 ロザリオが参加してくれなければ、大会を開く意味がない。

 あのモンスターハント大会は、名目上はミハエルとアリシアの仲を深めるためのイベントだが、実情はロザリオとアリシアの仲を深めて、ロザリオに自信をつけてもらう———そのために開いた大会なのだ。


「そ、そんなこと俺たちに言われても……この前から会えてないのは俺たちも一緒でぇ……」

「引きこもってるのかもと思ってあいつの部屋に言ったんでヤンスが……いなくてぇ……」

「いない?」


 ロザリオの自室には俺が今から向かおうとしていたのに、もうすでにこの二人はそこに行って確認済みだという。


「あいつは平民寮の501号室だったな?」

「へ、へぇ……よくご存じで……」


 『紺碧のロザリオ』のゲーム主人公なのだから、プレイヤーに自室がわからないわけがない。

 そこでロザリオは本当の自分は強いんだと言い聞かせて一人シャドーボクシングをしている痛いシーンが何度も描かれるからだ。普段気弱で自分の本当の気持ちを表現できない彼が唯一、感情を表に出す場所———それが自室なのだ。

 そう考えると、非常に孤独で寂しい少年だ……ロザリオ・ゴードンという少年は。


「クソッ、あいつにもよくいるギャルゲの親友キャラとかいれば、こういう時何とかなるのに……!」


 ギャルゲーには定番の男の親友ポジションキャラが存在する。


 古いゲームであればプレイヤーに攻略対象の女の子の好感度を教えてくれたり、最近のゲームでも主人公とヒロインの仲が上手くいかなくなりそうなとき、友達という立場で助けてくれる。そんなサポート男性キャラがほぼ必ずと言っていいほど存在する。

 だが、この『紺碧のロザリオ』にはそのキャラが存在しない。


「ぎゃ、ぎゃるげ?」

「しんゆーきゃらでヤンスか? 会長は何を言っているんで?」

「あぁ……いや……」


 正確に言うと———劇中で登場するのが非常に遅い。



「わあああああああああああああああああああああ‼」



 中庭から急に歓声が上がる。

 いつの間にやら生徒たちが列をなし、一人の男子生徒を出迎でむかえている。


「きたぁ~‼」

「流石だなぁ~……モンターノさんは……Sランクの魔物を一人で倒すんだもんなぁ……」 

「だよなぁ~……平民出身だって言うのに……やっぱり努力すれば成り上がることができるんだなぁ~……」


 ドラゴンの生首を持って凱旋がいせん している白髪に褐色の肌をした細マッチョの男。


 噂をすれば、というか、考えていたら、その親友キャラのご登場だ。


 彼こそが、『紺碧のロザリオ』の親友キャラ———バサラ・モンターノだ。


「モンターノさん、こっち見てぇ~♡」

「カッコいいィィィ、モンターノさん♡」


 爽やかな笑みを浮かべ女子たちに手を振るバサラ・モンターノ。彼は顔立ちはイケメンと言えばイケメンなのだが、目が小さく細長い顔をしていて、ジャ〇ーズ系列のイケメンではない。どちらかというと体つきががっしりと、引き締まった筋肉をしているエグ〇イル系のイケメンだ。


「どうもどうも! ハハッ……そぉっら!」


 突然、ドラゴンの生首を集まっていた生徒に投げ放った。

 投げられた眼鏡の男子生徒は慌ててそれをキャッチし、戸惑ったような目でモンターノを見上げる。


「あ……あ……?」

「それ、部活で使うんだろ? 龍のまなこを使った水晶なんて絶対、魔道具コンテストで優勝間違いないな! 取ったら学食おごれよぉ~」


 彼に向かってウィンクをするバサラ・モンターノ。


「は、はい! ありがとうございます! モンターノさん!」


 眼鏡の男子はドラゴンの生首を大切そうに抱え、キラキラした瞳でモンターノにお礼を言った。


「い、いつも爽やかでヤンスね……」

「だな、ウチの学園の四天王様は……」


 ザップとティポは、その光景を羨ましそうに見つめている。


「聖輝士ブライトナイツ四天王の一人———守護王のバサラ・モンターノ……か」


 この学園で五人しかいないSランク騎士は、自分を慕う生徒たちに手を振り続け、その背中には自分の体ほどもある巨大な鉄の盾を背負っていた。

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