Track-9.part B 祝福

「えーっ、沙慈さんのお誘い、行かなかったんですか?」

私の言葉を聞いて、近衛千佳が驚く。この子は先日の路上ライブで話しかけてくれた子だ。


ファミレスで私が片桐さんにいろんな事を聞こうと決意し、会社で路上ライブをする事を告げようとした。が、この私(ヘタレ)は本人を前にすると何も行動出来ないでいた。


お姉ちゃんの眼前というのもあるのだけど、本人を前にするとどこか気まずく、話しかけられても逃げてしまうのだ。


LINEでもすれば連絡は簡単なのに、それも出来ず、スマホを出してはしまうの繰り返し……。


中途半端な自分とモヤモヤが残ったまま退社すると、それを紛らわせるために路上に出て歌っていると近衛さんと再会したのだ。


先日のバンドへのスカウトの話を知っている彼女としてはその先が気になったのだろう。だが私は結果として行かなかった。


いや、行けなかった。

片桐さんとお姉ちゃんとの遭遇が原因だが、それは流石に話せないので、「ちょっとね……」と私は誤魔化す様に笑う。


「えー、もったいない。せっかくのチャンスだったのに」


「……そうですね。けど、私には荷が重いというか」


「そんなことないですよ!!音愛さん、声に透明感があって聞きやすいですし、素人目から見てもスカウトしたくなりますよ」


「あはは、ありがとう。でも、私も素人だから自信がなくて……」


私がそう言うと、千佳さんは不服そうに「そうですか?」と言うに止まる。


だけどこの言葉の半分は本心で、半分は嘘だった。


自信がないのは本当だ。だけど、それ以上に私が彼の描く音楽の世界観が好きになれるかと言う懸念があったからだ。


彼の歌を聴きもせずに……だ。

だけど、私の好きな歌を古いと言い切った彼について行ける気にもならない。


「……まぁ、私からすれば素人だろうと、ここまで人を集められるのはすごいと思いますけどね」

話に夢中になっていた私をよそに、千佳さんが百貨店の壁の方を指差す。その方向にはすでに5〜6人立っていた。


「うわ!!」


「音愛さんの事だから、宣伝とかしてないんでしょ?」

その言葉に私はうんうんと首を縦に振り、その様子に千佳さんはため息をつく。


「やっぱり……。恥ずかしいのは分かるんですけど、もっと自分を発信していきましょうよ。せっかく歌ってるのに誰も見てくれなかったら寂しいでしょ?」


「うっ……」

千佳さんの言葉を聞いて、私は1ヶ月前……路上デビューした日の事を思い出す。


もしあの日片桐さんが居なかったら、心が折れていたと思う。今日は居ないけど、彼が居るからここまでやってこれたのだ。


「と、言うわけで!!さっきの歌、ネットに流しちゃいました〜!!」


「う、うそー!!」


「あ、もちろん顔出しはしていませんよ?許可もないのに晒すわけには行かないじゃないですか?一応、この場所の住所は書きましたが」

といいながら、千佳さんはスマホをこちらに向ける。そこには暗い画面が映し出され、私の歌だけが流れる。


それを聴き、私は顔から火が出る。

個人のSNSとはいえ、ネット上に私の歌が流れたのだ。恥ずかしいに決まっている。


だがそれを聴き、私の歌を聴きに来てくれる人がいる。それは喜ばしくもあった。


「一応、スマホで録画しない様に見張っておきますから、頑張って歌ってください」

そう言うと、千佳さんは私から離れる。その際何人かには録画しない様声をかけてくれた。


それと同時に、群衆の視線が私に集まる。

その視線に私は緊張し、身体が固まる。


少ない人数や一人の時であれば音に集中できるが、やはり視線が集まる中での演奏はなれない。


だが、聴きに来てくれた人に無様な様は見せられない。私は彼らにぺこりとお辞儀をし、キーボードの鍵盤に手を置く。


気を紛らわせるために鍵盤を叩き、即興の曲を弾く。それだけの事で聴取から声が漏れる。


ただ、その声は私の耳には届かない。

曲を弾き、何を歌うかを考える……、それだけで気が紛れる。


気のままにピアノを弾き、何を歌うかが決まると、その歌のイントロを力強く叩く。それがスイッチとなり、不安が頭から離れる。


それに気づいたのか、聴衆もどことなく襟を正す。そして、滑らかに動く指に合わせ、歌が始まった。


路上ライブを始めて1ヶ月……、5月に入り、夜は少し冷えるけど、過ごしやすく、歌いやすい季節になった。


そんな中で、私はこうして一人で弾けている。

もしあの人がいなくなっても、こうやって歌っていけるんだ……。


歌いながら、自信が湧き出してくる。

こうしていれば、もし二人が付き合い出しても祝福できる。一人でやっていけるんだ。


……なんて事を思い浮かべる。

意地でもなんでもない、本音だ。


だけど、あの人がもしあの曲の作曲者だったらどうするのだろうか?


もしあの人が私を……。

なんて、昼に一人で押し問答をした事が再び頭を駆け巡る。


歌に集中できている様で、出来ていない。

歌詞を間違えたり、伴奏が変になることも無い。


私は歌を聞いてくれている人の方をチラ見する。彼らも歌を楽しんでくれているのが、その証拠だ。


……ただ一人を除いて。


私はいつもの様に、数曲と自分の好きな歌を歌い終わる。そして終わりを告げ、一礼すると聴衆たちは満足げな表情をして帰っていく。


そんな彼らを見送りながら、私はふぅ〜、一息つく。この前より見てくれる人が増えた事に喜びを感じる。


「ご苦労様、音愛さん!!今日も良かったですよ!!やっぱり声がキレイ……」


「ありがとうございます」

ライブの感想を嬉々として語る千佳さんに、私はお礼を言う。


「いつもの歌、あれは特に思い入れが感じられていいですね!!」


「でしょ!!やっぱり、あの曲を歌えるとやってて良かったなぁーって思うの」

好きな歌を褒められ、私は早口になりかける。が、その事に気づいて、トーンをおとす。

私の悪い癖だ。


それに、今日の出来はあまり良くない。

歌える事に満足は出来るけど、やはり完璧ではないのだ。今日に至っては集中も出来ていないから尚更だ。


「けど、今日は……」

私がその事を、千佳さんに伝えようとした刹那、「こんばんは」と、誰かがこちらに話しかけてきた。


その声に私と千佳さんは驚き、声の主を探す。

そこに立っていたのは背の高い女性だった。


「お話し中、ごめんなさい。ちょっとお話ししたくて……」

話の腰を折った女性が申し訳なさそうに話す姿に私は見覚えがあった。が、思い出せない。


そんな私をよそに、千佳さんが私に代わり話し始める。


「いえ、大丈夫ですよ!!どうでした?この子の歌?どうでした?」


「えっ、ええ。良かったと思います……」

まだ会って2回目だと言うのに、私の歌をさも自分の友達が歌ったかの様に食い気味に感想を聞く千佳さんに私は戸惑う。


「て言うか、この前一緒にいた子とは違うみたいね」


「……あ、こないだの」

その言葉でようやく思い出した。彼女が言っているのは多分、優華の事だろう。まさか、片桐さんをいた子扱いはしないだろう。


それに、目の前の彼女にも見覚えがあった。

170センチはあるであろう身長にすらっとした体型、そして何よりその凜とした立ち居振る舞いが印象に残っていたからだ。


ちょうどその日にいたのが優華だから間違いない!!


「今日は雨の中、やってないのね?」


「はい。私、雨女なんですけど、今日はちょうど雨じゃなかったんですよ!!」


「えっ、マジ?音愛さん、雨の中路上してたの?」

その言葉にうんと頷くと千佳さんが信じられないと言う様な表情でこちらを見る。


「始めて1ヶ月ですけど7回やって2回だけですよ?雨が降らなかったのって」


「マジ?その2回に当たったのって、私ラッキーじゃん!!音愛さんの歌声、キレイですもん。ねぇ……」

やけに私を持ち上げる千佳さんが、背の高い女性に同意を求める。なんか褒められている私がこそばゆくなってくるのを他所に、同意を求められた彼女も頷く。


「ええ、そうね」


「あ、ありがとうございます。……えっと」

お礼を言ったものの名前が分からずに、私が戸惑っていると、背の高い女性は思い出したかの様に自己紹介を始める。


「あっ、自己紹介してなかったわね。私は舞。羽旗舞(はばたまい)。よろしく、音愛さん……だったかしら?」


「は、はい!!水鏡音愛です!!よろしくお願いします、舞さん!!」


「はい、はーい!!うちは近衛千佳!!よろしく!!」

私に続いて、千佳さんが自己紹介をする。その話す姿を見て、路上を始めて二人目の女子の友達ができた事に嬉しくなる。


「そ、そういえば、どうでしたか?私の歌は?この前も聞きたかったんですけど……」

先日の事も含めて舞さんに歌の事を聞く。


あの日の舞さんは歌が終わると早々に帰ってしまったからだ。その質問に、舞さんは少し考える。


「うーん、あの日は楽しげに歌ってたから、楽しかったけど、今日は……」

そう言って、舞さんは口籠る。が、意を決して話を続ける。


「今日はなんとなく、迷い……と言うか、集中できてなかったんじゃない?」


「えっ?」

舞さんの言葉に、私はドキリとする。


確かに、それは自分でも分かっている。だが、側から聞いていて分かるものなのだろうか?


しかも、先日と今日……、合わせても両手の指で数えられる程度の回数で……、だ。


「勘違いだったらごめんなさい。けど、どうして路上で歌ってるの?今ならネットで動画をあげたら誰かが聴いてくれるのに」


「……それは」


「この子ね〜、動画にするのも、宣伝するのも恥ずかしいとか言ってるんですよ?こんなにうまいのに……」

舞さんの言葉に千佳さんが私の言葉を遮ってまで私の現状を話す。それを舞さんは「へぇ〜」言って、まるで私を値踏みするかの様に見る。


「……ならどうしてここで歌ってるの?こんな時間に歌うなんて」


「……それは」


「動画が恥ずかしいならカラオケに行けば歌えるし、リスクを冒してまでやる事じゃないと思うわ」


……彼女の言う通りだ。最初、私が懸念していた事を他者の口から聞くのは耳がいたい。


だけど、私には思いがある。


「カラオケじゃ……ダメなんです。私の歌いたい曲がなくて。それに……」

私を値踏みする舞さんに負けじと、私も視線に意志を込める。


「私の好きな歌を、生の声で聴いてほしい。だからこうやって歌ってるんです。リスクも覚悟の上でやってます!!ここで歌ってるから二人にも出会えました!!」

私がそう啖呵を切ると、千佳さんは目を潤ませながら、私の名を口にする。


だが、舞さんは私の視線を一瞥する。


「……で、それをしてあなたは一体、何をめざしているの?」

挑発とも取れる言動に、私は怯みそうになる。

だが、ここで折れるわけにはいかない。私は。


「……歌手に。歌手になりたいんです!!」

まだ会って間もない人に対して、私は力強く夢を口にする。


1ヶ月前なら、そんな言葉は言えなかった。

でも、今は違う。小さな……、小さな自信が私を強くする。だが……。


「……無理ね。あなた程度の歌い手は世の中にいくらでもいるわ」


「!!」


「ちょ!!」

舞さんは私が抱いた一抹の自信を両断する。

その言葉に私はおろか、千佳さんも何もいい返せない。


「あなたの意思なんて中途半端なのよ。別に路上で歌いたいなら歌えばいいと思うわ。だけど、歌い手になるなら話は別……。ちょっと厳しい事をいうけど……」

舞さんは前置きと言っているが、私にとってはもうライフが0だ。これ以上、何をいうのだろう。


「プロの歌手になるんなら、人の歌(おもい)を歌うのはやめなさい。好きな歌を歌うのは自由。だけど、それはあなたの歌じゃない。ただの借り物だから」

そう言って、舞さんは虚空を見上げる。その視線は何がを思い出す様な、誰かを思い浮かべる様な……、そんな視線だ。


「……でも」

好きな歌を歌っていたい。それの何が悪いのか?私にはわからない。


そんな様子に気づいた舞さんが、さっきの厳しい口調から一変し、柔和な表情に変わる。


「別に歌うなとは言わないわ。でも、あなたが描いた歌を聴きたい人が出てきた時に、それがなかったら悔しいと思わない?」


「それは……」

考えた事がなかった。


私は他者の歌ばかり気にしていたが、こうやって自分の歌を聴いて何かを感じてくれる人がいる。


ならば、自分で歌を作ってみれば……。

なんて思うが作詞なんてしたことはない。


「作曲なんてしたことありません……」


「した事なければ考えなさい。寝る間も惜しんで考えて、書いて、悩んで、弾いて……。それができないなら、歌手なんて諦める事ね」


不意に私の口から漏れる弱音(ほんね)に、彼女は強い口調でいい返す。


「あなたが……、歌手の水鏡音愛でありたいと願うなら、書きなさい。他者が作った歌を歌う歌手なんて、一瞬で消費されて……、消えてくわ」


舞さんのどことなく実感のこもったその言葉に私は胸を打たれた。









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