Track-8.part B あの夢をなぞって
私達はショッピングモールで買い物をしていた。
優華は急遽決まった予定に舞い上がり、顔をキラキラさせながらショップを巡り、その後ろを遅れない様についていく。
ティーンズファッションや少し大人びたファッション、はたまた量産型の着る様なファッションを取り扱う店を何度も回る。
優華はスタイルもよく、美人なので何を着ても似合うが、私はそこまで可愛くない。それにファッションにも疎いせいでいつまで経っても垢抜けない。
それが分かっていてもセンスがない訳で、いつも優華の見立てだ服を着ているのだ。今日も優華の見立てだ服の中で自分が気に入った服を買った。
どうやったら服のセンスが良くなるんだろう。
自分が持っていないものを持っている人が羨ましくてたまらない。
優華も、お姉ちゃんも……。
そんな中で私がやっと見出す事ができたものが、小さく歩みを進めようとしている。
今日はその一歩になる可能性が出てきた。
それが大きな一歩になるのか、それとも小さな一歩になるのか、恐れをなして後ろに下がるかは分からない。
だけど、進むと決めた以上は何かを掴みたい。
それが例え交代につながる道でも……だ。
何件も店を周り、疲れた私達は休憩の為、ショッピングモールにあるフードコートで休憩する。
そこで私達はそれぞれにジュースと軽食を買い、席へとつく。休日だけあって、周囲は人で溢れかえっていた。
「はぁ……、疲れた」
「本当に。ってか、優華、買いすぎだよ!!」
私はそう言いながら優華の横に置いてある、袋の山を見る。
服に、靴に、アクセサリーに……。私が買ったものの2倍……いや、通常の3倍の量がある。
「そりゃそうだよ!!沙慈だよ、沙慈様に会えるかもしれないんだよ?」
優華が私に顔を近づけ、鼻息荒く言う。
その興奮具合に、「はぁ……」と返す事しかできない。
「はぁ……って、どんだけあんたは興味がないの?」
「だって、知らないんだもん。その人に誘われても……」
「はぁ!?まじで?聞いてないんですけど!?」
「だって言ってないもん……」
「なんでよ?さっきも説明したよね?沙慈ってすごい人だって!!」
「うん」
「それなのに、それを言ってないって……。私が誘われたかったわ」
優華はそう言いながら大きくため息をつく。
だが、何かに気がついたのか、優華が再び私に顔を近づける。
「て……事は、今日、沙慈に会えるじゃん!!」
「かもね……」
チューっと私はジンジャエールを啜りながら言うと、彼女は力が抜けたかの様に椅子へと倒れ込む。
「MJK……。沙慈様に会えるんだ……。こんなに嬉しい事はない……」
今にも泣きそうな声を優華は上げる。
ミーハー、ここに極まれり……だ。
「あっ、優華。この後、行きたいところがあるんだけど……」
私は何かを思い出したように優華に伝えるが、彼女からの返事はない。屍の様だ……。
かろうじて彼女の口から霊魂が、「わーい♪」と言って飛び出しているのが見える。
「優華、私、行きたいところがあるんだけど!!」
バンと机を叩き、私は優華に顔を近づけながら言うと、親友は我に帰る。
「えっ、何?」
「私、行きたいとこ、ある!!」
何度も言わせないでよね……と溢しながら、私は席に着く。
「えっ、ごめんて。それより、どこに行きたいの?」
「ん〜と、楽器屋さん。見たいものがあって」
私は、先日の彼が持ってきた物を思い出しながらいう。
ヘッドセットとアンプ……。
今まではキーボードだけあればどこでも歌える。そう思っていたから楽器屋さんに足を運ぶ事は少なかった。
だが先日、片桐さんがその二つを持って来てくれただけで人が増えた。もしかしたら、今までは雨が降っていたから人が集まらなかっただけかもしれない。
が……どちらにしても、その二つがあれば少しは聴衆が増えてくれるかもしれないと言う期待はある。だから、見に行きたいのだ。
それを説明すると、優華は了解してくれた。
だがその道中、優華は何やら言ってくる。
「沙慈様に認められたら必要なくない?」
「うーん。可能性は薄いと思うし……」
「そうだけどさぁ……。今日のライブの後に改めて買えばいいじゃん」
「…………」
それはそうだ。特別急ぐ必要のない物だ。
沙慈と言う人に認められるなんて事は微塵も思っちゃいない。
だけど……。
「あの人が毎回持ってきてくれる訳じゃないし」
この後に及んで片桐奏人の事を言っている。
それに私は気がついていない。
「…………」
「…………」
私達は重い荷物を抱えながら、楽器屋さんを目指し、無言で歩いた。
※
「うわぁ……。意外とするんだ」
「ほんとだ」
私達は楽器屋さんに着くと、まずヘッドセットを見に行った。
だけどヘッドセットはマイク売り場の一角、しかもマイクに比べて量が少ない。その為、私の予想以上に値がはる。
安いものは安いが、高いものはみんなの大好きな諭吉さんが何枚か飛んでいくのだ。
まぁ、良いものはそんなものだろう。
だけど、ふと商品を見ていると、あるものに目が行く。それは先日つけたヘッドセットだ。
いや、片桐さんのやつは少し古びた物だったから、もしかしたらあれのニューバージョンなのかもしれない。
だけどそれは諭吉さんが2.5人分、私の元からいなくなるのだ。
「うわぁ……」
私はお財布と相談する。
これプラスアンプとなれば軽く諭吉様が5人は飛んでいくのだ。目の前が急に暗くなる。
「服……買わなきゃ買えたかな?」
手元のヘッドセットと足元にある買った服を見比べて私は涙目になる。
今すぐこれが欲しい……。そう思うが、今は買えない。だからと言って、今買わなければこの情熱が失われる恐れがある……。
私の脳裏で天秤が揺れる。
ヴォーン。
急に店内にアンプの音が鳴り、ベースを調整する音がする。
……誰か、ベースの練習をするのかな?
そう思いながら、私は手に取っていた片桐さんが持ってきたものに似たヘッドセットを元の場に戻す。
そして、その隣にある少し安価なヘッドセットに視線を移す。そんな中でも、ベースの音がテンポよくその独特の低音を響かせている。
それを聴きながら、私が安価な方のヘッドセットに手を伸ばすと、急にどこかで聞いたことのあるベースのリズム音が響く。
最初の音は長く、途中からテンポを上げるベースの音。私はそのリズムを知っていた。
私は顔を上げ、その音のする方向を見る。
そこには一人の男性が店員の前でその曲のリズムを奏でていた。
その音を静かに聞いていると、優華が「どうしたの?」と尋ねてくる。が、その声も耳には届かず、私はただその音に神経を研ぎ澄ませる。
有名な曲ならば優華も多分気がつくだろうが、そんなそぶりはない。私が、私だけがその音に注目していたのだ。
ピクっ……。自然と、私の指が動く。まるでピアノを弾く様に……。そして、次の瞬間……私の口まで動き出した。
それはその歌のサビの部分にベースが入ったのが分かり、小さな声で歌い出しそうになったのだ。
……私はこの音を知っている。
そう、いつも歌っている曲だから……だ。
そう思った瞬間、私はその音の方へ向かって歩き出した。いまだにベース音は鳴り止まない。
急がなくても、この曲を弾いている人は逃げない事は分かっていても、自然に早足になる。
ベースの試演している場所につき、私は店員の前にいる男性の前に立ち止まる。そこにはオレンジ色のベースを持った男性が私に気が付かないまま、演奏を続けている。
リズムよく弦を弾く男性の顔を見て、私は驚いてしまった。
そこには寸分の狂いもなく、私の好きな歌を弾く、片桐奏人の姿があった……。
「片桐……さん……」
だがその呼びかけに、彼は気がつく事はなかった。
演奏中、ずっと……。
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