第11話 首輪のような執念じみたもの

首筋から発せられる感じたことのない痛みに全身から汗が吹き出したのがわかった。


「いッッ!!!痛いッ!ひな!」

針のように脳みそを突き刺す痛さに身体がびっくりして、まともな抵抗も出来ずにギリギリとひなに噛み付かれたままソファに押し倒される。


「ひなっ。、?どうした、の??や…めてっ…?」

背中が柔らかなソファに倒されたあとでも、首筋に噛み付いたひなは離れてくれない。

首から走る鈍い痛みに耐えながら日南の肩を強く押した。


「…ひなみっ!!いた、いっ…てばッ!!!」


自然と出た大きな声に日南の肩がビクリと動いて、次いで弾かれたように上げられた日南の顔がくしゃりと歪んだ。


その顔を見た時、可愛いひなを怖がらせてしまった焦燥と自己嫌悪が心を苛む。だけど、そんな事すぐに別のに塗りつぶされてどうでもよくなった。


数秒間私を見つめた後少し俯きがちに伏せられたそこから綺麗な涙が溢れる。


溢れた涙はボロボロと瞳から頬を伝って私へと渡った。


声を押し殺して涙をこぼすその姿は妖艶なんて言葉じゃ表せないくらいあでやかで、それに誘われるように濡れた頬へと手を伸ばす。


瞬間。


「…ヒッッ」

ひなから漏れ出た呼吸音のようなそれは、確かに悲鳴で。

その光景はあの日を思い起こさせるには十分な出来事で。


悲鳴を漏らしたはずのひなは、何かに気づいたようにハッとして、次いで血の気が引いたように一瞬で青くなってから、伸ばした私の手を痛いくらいに握って自分の頬を擦り寄せた。


「あっ…。あっ……。あっ、ご、ごめ!!ごめんなさいっっ!!ごめんなさいッッ!!!さやちゃ!!!ごめんなさいッッ!!!!」


ほとんど悲鳴と同じような謝罪。


それを聞いてひなもあの日のことを思い出したんだと分かった。私たちが疎遠になった決定打のような出来事。


だけど私の心はあの日のように絶望で満たされてはなくて、もっと別の。

別の『何か』が私の心を満たしていた。


「……あはっ♡」

目の前で青ざめて必死にその柔らかい頬を私に擦り付けてひなは、飼い主に捨てられる前の子犬のようで。

あまりの愛しさに思わず漏れてしまった声は自分を慰める時より甘く、その自分の声の艶やかさに心を塗りつぶしているこのの正体を正しく理解した。



私の心を満たすこのはひとつの感情というには違和感があって、余りにもぐちゃぐちゃで、黒く重たくどろどろしていて、無闇に人に差し向けてはいけない



これはきっと言葉だけでは正しく翻訳できない私の心そのもの。



それでも近しいものを表現するならたぶん


『嗜虐心』『加虐心』『喜び』『愛おしさ』『劣情』『独占欲』『愛欲』『所有欲』『優越感』『征服欲』『束縛心』『不安』『怒り』『哀しみ』『尊心』


いろんなものが織り交ざって重なり合って。

ひとつひとつが持っている鮮やかな色さえも全部ぐちゃぐちゃに混ぜ込んで出来上がった、深い夜のように黒いドロドロしたもの。




そう。




たぶんこれはきっと、私の『愛』だ。





『好き』なんて綺麗で素敵なものじゃなくて、ほとんど呪いのように相手を絞めるみたいに絡みつく首輪のような執念じみたもの。



これが私の愛。



絵本に出てくる王子様が、お姫様に向けるようなキラキラした素敵で優しくて幸せなものじゃない。


でも、それでいい。

私は生憎男じゃない。

代用品になる気もない。


王子様にはなれない。

ならない。


私のお姫様に王子様なんていらない。

この先ずっと迎えになんて来なくていい。

こさせない。


この子には私だけでいい。


これから先、この子はずっと私の腕の中だ。


この子が強請るのは、求めるのはこの先一生、私でいい。




私のひなには、私以外いらない。




…だってこの子は私の「物」なんだから。



そうだ…。

愛しいひなは私の物だ。


私の物なんだから好きにしていい。


好きな形に変えて、遊んで、愛して、愛して、愛して、愛して、愛して、愛して。


縛って、なぶって、顔がぐちゃぐちゃになるくらいもてあそんで、壊して、愛して、愛して、愛して。


せっかく買ったんだから。

買ったんだから東雲日南は私の物だ。


それを正しく理解した時、ひなが怒った理由がわかった気がした。


…でももしそれが正しいなら、ひなは私の考えている以上に…



「……ね、ねぇ、。さやちゃ…?さやちゃ……?」

か細く、私を呼ぶ声が聞こえた。

愛しい人の声を頼りに、深い思考の海から海面へと浮き上がる。


瞳に映ったひなの顔は先程よりも深く絶望に濡れていて、私に股がったままの身体はカタカタと小さく震えている。


その余りにも情けなくて可愛い、愛しいお姫様の姿を見ただけで子宮にビリビリと快感が走った。


どうやら短くない時間ひなのことを無視してしまったみたいだ。


いつもの私なら、ここですぐに身体を抱き寄せてお姫様を安心させて、全力で慰めて不安にさせたことを謝るだろう。



でも、今はもう少しだけ可愛いこの子が絶望に濡れている様を眺めていたい。



だから、ほんの少しだけ意地悪をしてあげよう。



人を噛むような悪い子には、躾が必要だもん。










✂ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー✂


長い間お休みを頂いており申し訳ありません。

少しずつですがまた書いていきたいと思います。


やっぱり小説を書くのって難しいですね。

心が早くも折れそうです。

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