第10話

「うぅ……。ごめんねぇ……、ひなぁ。、」

ドアを開けてちょっと困り顔のひなを自分の家へとお招きする。ひなの右肩にはエコバッグがかかっていてそこには野菜が詰められていた。


「も〜!全然いいけど、何かあったのかと思ってしんぱいしたよぉ」

ひなは急いできたのか、綺麗に整えられた前髪がぺたりとおでこに張り付いてた。息も少し上がっている気がする。


やっぱり二日酔いなんかで呼ぶべきじゃなかったなと、少し反省。

でも何かきっかけが欲しかったのだ。なんせ、私がひなを買ってから1週間くらいたったのに、ひなに会うどころか連絡さえとれてなかった。


ひなから連絡が来るのを待とうとしたけど、待ってたら普通に1週間が経ってしまった。

まぁ、ひなは借金関係で忙しかっただろうし、しょうがないんだけど。

私から連絡するのはなかなか勇気がいるのだ。


ひながあの日、私の言葉に頷いた時に、なぜか奇跡的に怒ってないのも嫌われてないのもわかってはいたけど、ちょっと怖くて連絡を取るのを躊躇っていた。

……だって普通、借金と同じ額であなたを買いたい(身体も)って言ったら、嫌われるし、怒られるし、軽蔑されるし、下手したら、いや下手しなくても絶縁されるでしょ??


でもひなは、私が考えているよりもっとずっと優しくて懐が深かったみたいでそうはならなかった。そんな所も大好きだけどその優しさが心配にもなる。


でも、頷いてくれたって事は知らない男に抱かれるよりかは、私に抱かれた方がマシだって思って貰えてる証拠だからそれがちょっと嬉しい。


嘘。

凄く嬉しい。


私のものになってくれた事が嬉しすぎて大して強くないお酒を大量に飲んで、べろんべろんに酔って、ラブホに泊まって朝起きたら、らむに飲みすぎをちょっと怒られた。でも、らむのお説教もへっちゃらだったくらいに嬉しかった。


まぁそれはおいといて、なんとかきっかけが欲しかったけど、私の身体は要望に応じて都合よく風邪を引いてくれる便利なものでもないので、二日酔いという自業自得極まりないくだらないものを理由にしてひなと会うことにした。


でも、そんなくだらないことでも急いで駆けつけてくれるひなはやっぱり優しくていい子だ。すき。


「さやちゃん、体調はどう?」

「……頭痛い、吐きそう、胃がぐるぐるする〜」

「もぉ〜。ベッドにいこ?お出迎えありがとね」


『ほら』と言って自然に差し出されたひなの右手を緊張しないように握る。自分のよりも小さな手はあったかくて、私のベッドルームにゆっくりと優しく連れてってくれる。


「ついたよ〜。さやちゃんはゆっくり寝ててね」

「……うん。、ごめんねひなぁ」

「謝らないで。呼んでくれてすごい嬉しかったんだよ?」


ベッドに入った私の手を握りながらひながかわいく首を傾げた。


「……ありがと」

「よろしい!ところでさやちゃん、何か食べれそう?よかったら作るよ」


もちろん。ひなの手作りなんて吐きながらでも食べたい。

「うん、食べたい」

「わかった。キッチン借りるよ?簡単に食べれるもの作ってくるから、いい子でおねんねしててねさやちゃん」


ひなはそう言って、エコバッグからスポーツドリンクを取り出してベッドの横に置いた。


「ありがとね」

立ち上がったひなにもう一度お礼を言う。ひなは笑ってから頷いて、何も言わずにキッチンに向かった。


1人になった部屋で天井を見つめる。そのうち少し遠くのキッチンから包丁の音がしてきて、その音に何処か安心した私はすぐに睡魔に襲われた。





「さやちゃん。さやちゃん。」

「んん……」

「ご飯できたよ〜さやちゃん」


……ひなみ?


「んん……?ごは、ん?」

「うん。ごはん。軽くお腹に入れてお薬飲も?」

「……?んん…??」


なん、でひなみの、こえ、が……?


「……ゆめ?」

「ふふ。寝ぼけてるの?」

頬にふにゅっとした柔らかいものが押し付けられた感触。


あれ?やわらかい。、?


感覚がある…。

夢じゃない、のか……?


夢、じゃ……

「〜〜〜っ!?!?!?」

夢じゃない!!!!


「ひっ、ひなっっ!?」

「んふふ!声おっきい。」

ひなが笑いながら耳をふさいだ。こういうところも可愛い。


い、いや!今はそんなことはよくて!!


「き!!きすした!?今キスした!?!?」

「えぇ?してないよ〜?」

ひなは困ったように笑う。


「う、うそ!!ほっぺたにしたよ!」

「んふふ。してないって〜」


……えぇ??でも、、柔らかいのが、


「元気になったね。、じゃぁ、ご飯食べよう?冷めちゃうよ?」

「…う、うん」

な、なんか、誤魔化された気がする。でもひながせっかく作ってくれたご飯が冷めちゃうのは勿体ないのでここは一旦は頷くことにした。


ひなの作ってくれた料理は、しじみの味噌汁を初め二日酔いと荒れた胃に効くものばかりでその優しさが嬉しかった。


ひなは相変わらずの料理上手で、だされるご飯の全てが美味しい。ひなと喋りながら美味しいご飯に手を伸ばしている内に二日酔いの症状はどんどんと収まっていった。


ひなが作ってくれた料理を綺麗に完食し、食後に薬を飲んだ後、私はひなに話を切り出した。

ここ1週間くらい考えていたことだ。


「…ルールを決めませんか?」

ソファに座ってぼーっとしていたひなに声をかける。ちょっと緊張して敬語になってしまった。


「…るーる?なんの?」

「私たちの、その…関係??でルールとか条件みたいなのがあったら……。ほ、ほら、ある程度はきめとかないと、ひなもされたら嫌なこととかあるだろうし……」


私の言葉を聞くひなの顔は少し険しい。


……まさか警戒されてる???


でもこれは、巡り巡ってはひなの為になる事ではあるのだ。

……私の為の部分がだいぶ多いけど。


ひなを買ったとはいえきっと節度は大事だ。

ひなと親友にも恋人にもなれないってわかった私は、それでも傍にいたくてその身体が欲しくてひなを買った。ひなもそれを知っていて、それでも頷いてくれた。


だけど今のところはっきりしてるのは、私が700万円でひなを買おうとして、ひながそれに頷いたこと。


たったそれだけ。どういう事をして、どんなことが嫌で、しても許される範囲はどこなのか。

そもそもいつまでそばに居てくれるかもわからない。


お金で買われたとしても、ひなの方にもきっと条件はあるだろう。なにか、本当に耐えられないことを私が強いてしまった時、ひなが私から逃げ出せば。


そしたらひなは自由の身だ。私の隣から居なくなって、元いたあの高い空にきっと戻るだろう。


「ひなの値段」は既に渡していて、ひなの借金もなくなったと手配した弁護士から報告があった。


つまり、ひなは逃げようと思えばいつでも私から逃げられるのだ。今はひなの温情で私はそばに置いてもらってるだけ。


ひなはいい子だ。人の気持ちを尊重しようとするし、気遣いにあふれていていつも優しい。

ひなはこういう時に私を置いて逃げるような子ではない。そんなことは分かっている。


それでも、万が一に備えて私はひなの逃げ出す理由を先に潰しておきたいのだ。

らむが聞いたら呆れた上で臆病者だとからかわれるだろう。


それでもいい。私は臆病者どころか、かつての親友の良心を人質にとって肉体関係どころか、を欲しがった見下げた人間だ。それでも、私はこの子が欲しい。



「ね?だからさ。、ルールを決めない??ルールじゃなくても、されたら嫌なこととか……ない?」

目の前に座るひなの皺がまた一段と深くなった。見るからに不機嫌そうで、ひながひなじゃないみたい。


どくどくと拍動する心臓が赤血球に緊張を乗せて指先まで駆け回る。



だけど、これ以上話したところでますます警戒させるだけだ。どうしようかなと、必死に言葉を探す。


だが、姿も形もわからない探し物は都合よく出てきてはくれなかった。


「…嫌じゃない」

不機嫌を隠そうともしない声が部屋の気温を少し下げる。


「で、でも……」


口を開きかけた私の腕をひなが掴む。

瞬間。ふわりと甘い匂いが私の意識をひきつけて、代わりに押し付けるだけの乱暴なキスが私の意識を宙から引き戻した。


「んっ、。!?」


私から唇を離したひなの目は唇と対照的に冷たい。


「…ひ、ひな?」

意図を探ろうと視線を向ける。ひなはあからさまに怒っていた。


「嫌じゃないって言ってるでしょ」

そう言ってひなは私の首筋に強く噛み付いた。


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