第6話

まぶたの裏側に光が当たる。

この光は、きっとあの太陽の光だ。昔と変わらずいつも傍にあった、消して届かない光。



部屋の中は太陽が出始めたこの時間でも少し肌寒く、布団の中の二人分の体温を際立たせる。


隣ですやすやと眠るひなを眺めた。昨日泣いたからだろう。腫れている目元には涙のあと。それに昔のひなには無かった深いクマ。少し痩せた頬に、記憶よりも随分と細くなった腕。


私の知らないひなは、一体どれだけの苦労をしてきたんだろう。ふと昨日の光景が頭をよぎる。


…こんなに痩せちゃって、。


自然と腕が日南の頬にのびた。

そのまま綺麗な髪をく。指先に伝わるサラサラとした感触が気持ちいい。

昨日は気付かなかったけど、高校の時ボブだった黒髪は今は肩口に掛かるくらいのミディアムヘアになっている。


「んふふ。かわいい……。」


そのまま撫でているとふと黒髪の中から赤色が覗いた。


――ワインレッド。

私の好きな色…。


…も、も、もしかして、私のこと想って?インナーカラーいれてくれてたりー…。


…なんて……。


「……。」


…やめよう。、すぐにそうやって自分の都合のいいように解釈するなってば。


…もうわかってる。キスをしても、こうやって隣で寝てくれても、結局日南はこちら側の人間じゃない。こればかりはどうしようもないんだ。


――日南がくれる『すき』は私のとは違う。


昨日キスができたのは、日南の弱った心に漬け込んだだけ…。日南が私に好意を持っていてくれたからじゃないんだ。わかってる。わかってるんだ。、


…日南が私のことを好きになってくれることなんて、きっとない。

きっと。この先、一生。



…。…この先、一生??



「さやちゃん?」

ふと静かな部屋に優しい声が響いた。咄嗟に日南の頭から手を離す。


「…ごめんひな。起こしちゃった?」

日南の大きな目が私を捉えている。


「んーん。 それより…どうしたの?」

「どうしたのって?」

布団から出てきた手がするりと私を撫でた。少し触られただけで、私の心臓は分かりやすく跳ね回っている。


「さやちゃん。泣きそうな顔してる…。」

さわさわと頬を撫でる指が私の目の下をなぞる。


「なんもないよ!それより、ひな朝ご飯食べる??作るよ!」

「えっ!いいの!!?食べる!食べます!」

そう言ってひなはその大きな目を再び閉じた。

言葉と行動が真逆過ぎて少しおもしろかった。


…これはご飯できるまで寝るつもりだな??


ひなの甘えたがりなところは昔と変わってない。かわいい。



この寝顔を見て『守りたい』と強く思う。


私の気持ちなんてどうでもいいんだ。まずは日南を助けなければ…。もう日南にあんなことはさせちゃだめだ。日南の身体を他人に汚されるのを考えるだけで鳥肌が立つ。


私が傍にいれば守れたはずだ。守れなかったとしても、あんなことは絶対にさせはしなかった。


――あの日この好きを日南に伝えたから、そもそもこんな気持ちを日南に持ってしまったから。私はこの子を失った。この子の傍にいて守ってあげられなかった。



…だから。


…だからもう。私は選択を間違えない。


今度こそ失敗はしない。またこの子を失うくらいなら、この『すき』は私にいらない。


貴女さえ傍にいてくれたなら…。




私が大きなベッドから起き出してリビングに行く頃には、さやちゃんは朝ごはんを食卓に並べていた。


起き出した私を見たさやちゃんがにこりと笑う。

「ひな、ちょうど起きたね。ほらほら。座って!」

「うん!わぁ、美味しそう!!!」

目の前に広がるのは白いご飯に味噌汁。それに目玉焼きにたこさんウィンナー!!ふりかけまで!


私はいそいそとテーブルに着く。味噌汁のいい匂い…。


準備してくれてるさやちゃんを見ていると、さやちゃんもこちらを振り返った。

視線がぶつかるとさやちゃんはあの時と同じ優しい顔をして笑った。くすぐられたように背中がムズムズして私も笑う。


「飲み物は何飲む?あ。りんごジュースあるよー?」

「ほんと!?りんごジュース貰ってもいい?」

「はいはーい」


りんごジュース好きなの覚えててくれたんだ…。嬉しい…。、


「はい、りんごジュース!」

さやちゃんが注いでくれたジュースを受け取る。


「ありがと!食べていい?食べていい?」

「うん。食べよっか!」

そう言ってさやちゃんは両手を合わせた。


「「いただきます。」」

2人の声が綺麗に重なる。さやちゃんと私の視線がぶつかって、どちらからともなく静かに笑い出した。


――あぁ。私今、幸せだ。


昨夜の記憶が蘇る。

肌に触れたやわらかさ。熱い吐息。お酒の匂いと甘く名前を囁く声。頭を撫でる優しい指先。

啄むように何度も何度も重ねた唇。


味噌汁をゆっくりと口に含む。

「おいしい!さやちゃんこれ美味しい!!」

「あはは!ひなはおおげさだなぁ〜」

さやちゃんが笑って私をみつめる。優しい瞳。



――ねぇ、さやちゃん。

私今凄くしあわせだよ。撫でてくれる手も、優しく触れる唇も、見つめてくれるその綺麗な瞳も、一緒に眠った体温も、優しい言葉も。

貴女がくれるぜんぶ。ぜんぶがきもちいの。


やっぱり私の幸せはこの人がくれるんだ。この人が居ない世界はただの地獄だった。


『失ってから気づく幸せ』なんて上手く言ったものだと思う。


――選択を間違えたあの日の事を思い出す。

私がさやちゃんの気持ちを拒んだから、親友に戻りたいと願ったから私はさやちゃんを失った。


この人がすること、望むことの全てを受け入れよう。

もし、もしこの人があの日のように「すき」と言ってくれたなら。今度こそ絶対に受け入れよう。


この人がいてくれたなら。

この人さえ傍にいてくれたなら、この世界はこんなにも綺麗に様変わりする。



…だからもう。私は選択を間違えない。



貴女さえ傍にいてくれたら…。










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