第3話 再開
私が保有するマンションの近くにはラブホや風俗店、
別にそれがどうしたという訳ではないけど、困ったことに行きつけのバーもその一角に存在するのだ。
つまり寂しくなった時とか飲みに行きたい時はそういう目的で来ている人たちの中を
だからなにって?
簡単に言うとそういう場所は光に引き寄せられる虫の如くワンナイトを望む人間が集まり、今夜の御相手を探す絶好の狩場になっている。
そこに泥酔した女ひとりが迷い込んだとなると、後はもう想像できるだろう?
つまりは、記憶を無くすまで飲みたくとも、危ないからほろ酔い程度で切り上げて家まで帰らないといけないのだ。
◆
「んあー!!家に帰りたくなぁぁい!!!」
そう叫んでカウンターに置いたグラスの中身は先程よりも随分と減っている。
「沙夜菜ぁ、どうしたのなんかあった?今日はやけに帰りたがらないじゃん?」
カウンター席の沙夜菜の隣に座り、そうやって沙夜菜のご機嫌を伺うのは飲み仲間であるラムだ。ラムというのは、ラム酒を好んで飲むことから付けられたあだ名であり本名では無い。
「だって…。帰ってもどーせ独りなんだも〜ん……」
そう寂しそうに答えた薄い唇は尖り、沙夜菜の機嫌の悪さをめいっぱい主張した。
それを見て『キスしてやろうか』とラムは心の中で呟いた。
真横でカウンターに突っ伏して愚痴をこぼしている沙夜菜とはかれこれもう3年の付き合いになる。レズビアンが集まるこのビアンバーには多くの女の子が集まってくるが、その中で今日も沙夜菜が一番かわいい。
「なら今日はうちに来る?悩み聞くよ??」
そう誘ってみるものの返ってくるであろう答えはもうわかっていた。
「やだ。ラムにまた襲われるから今日は帰る」
ほらやっぱり。この子は好きな人以外と肉体関係を持つのが嫌らしい。なんでも
今もこうやって悩んでいるのはその想い人のせいだろと思わなくもないが、でもそういう所も好きなんだよなと考えちゃうのは惚れた弱みだろうか…。
「なんでよ、添い寝するだけだから」
「前そう言ってキスしてきたの忘れてないからね私」
「ほっぺたと首にしただけじゃん、もぉ〜」
「だめ、らむはすぐに調子にのるんだもん」
小さくごめんねとポーズをするがそれを見ている沙夜菜の目はちょっとだけ不機嫌そうに細められていた。まだ1か月前の出来事を根に持っているようだ。
なんとか頑張って愚痴を聞き続け、このガードが黒曜石のように硬い女に添い寝させてもらえるようになったがほんの数ヶ月前のこと。ちなみにこうやって口説いた年数は3年になる。
それを考えればキスくらい許してよと思わないでもないが、添い寝中は頭を撫でさせて貰えるしハグもして貰える。今はこれだけでも十分満足している。なにより唇にしなければキスも何だかんだ許してくれるのが今のでわかったしね。
それでも無理は禁物。
「わかったわかった。途中まで送るよ。」
そう言って席を立つと『ありがと』と笑った沙夜菜が私の後を着いてくる。なんでもお会計は予め先に渡しているらしい。お嬢様の沙夜菜だけの特別対応だとマスターが言っていた。
◆
沙夜菜と話したいことは沢山ある。好きな服の話。新作のアクセサリーの話に、使ってよかった化粧品。沙夜菜はいつだって聞き上手で話し上手だ。
こうやって話してると『早く付き合いたいなぁ…』なんて思いが浮かぶけどけど、この恋が叶わないことはもう分かっている。
それは、沙夜菜がどれだけ日南という女性を愛しているか身をもって知っているから。
だから今はこれでいい。
そうやって2人で他愛も無い話をしながら夜のホテル街を歩いていると不意に沙夜菜からの返答が途絶えた。振り返れば沙夜菜は数歩後ろで固まっている。
「沙夜菜?どうした?」
「…… 」
「…沙夜菜??」
綺麗なお人形に近づいてみる。急に電池でも切れたのか?
…なんか見てる?
「あのカップルがどうかした?」
沙夜菜の視線の先を辿るとその先には一組のカップルがいた。
……いや、、親子??あまりにも年の差が離れているその男女はカップルと言うにはあまりにも歪で異様だ。
どちらかと言えば援交や、パパ活という方がお似合いだろうか。女の子の方は笑顔ではあるが少し顔が引き攣ってるようにも見える。
いやいや、他人の詮索よりもまずはコレをどうにかしなければ。
「沙夜菜!!どうし…」
「……な、…み?」
私の問い掛けを遮るようにして呟やかれた沙夜菜のその声は、すぐさま周りの喧騒に飲まれて消えた。
「え、なんて?」
「…日南??」
今度ははっきり聞こえた沙夜菜のその声は沙夜菜の初恋の人の名前で
驚いてさっきのカップルに視線を戻すと、あちら側も女の子だけが動きを止めてこちら側を。
呆然と立ち尽くした沙夜菜を見つめていた。
――驚きに染る胸の中、心の端っこで淡い何かが潰れた音がした。
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