第四章 愛らしいだけではない貴方

第33話 私、本物の猫に…?


かつて、アーサーは猫の事を天使だと例えた。

私も以前はそう思っていた。

今は違う。




猫役をするために実際に猫と接してみて、考えが変わった。

私の場合は、猫は天使にも悪魔にも見える事がある。

そして、奇妙な事に――天使のときも悪魔のときも、かわいいのだ。



猫は、いつだって気ままに生を謳歌している。

だからこそ、かわいくて愛おしく見えるのかもしれない。


思えば、私が王宮に来てから一番達成感があったのは、傷ついた猫を助けられた時かもしれない。

あの時は自分自身の考えに従って行動したからだ。


これから何かに迷う場合は――天使でも悪魔でもなく、猫に従いたい。

そうすれば、どんな選択をしても胸を張って進めるようになるだろう。







「……、はっ」


目を開けた私は、見慣れない光景に瞬きをした。

私は洞窟の中にいる。地面にはタオルが敷かれていて、私はそこに寝かされていたらしい。

夢を見ていた……、というより、意識が混濁していたんだろうか。



ここは……私がクロードを回復させるために、何度も通った場所だ。

なのに見慣れないと感じたのは、今の私の身体が、かつてのものとは違うから。

具体的には、私の身体はとても小さくなって……。



「目を覚ましたか」

視界にゆらりと揺れる豊かな尻尾が目に入った。のそりと私を覗き込むのは、青い目に黒と白の長毛の猫だ。

クロードだ。



よく見知った相手だが――この視点になってわかった事がある。

クロードは、大きい。

どっしりしていて、抱きしめられたら何処までも沈んでいきそうだ。

そんなクロードがそっと私の顔に近づいてきて、ざらついた舌で私の毛皮を舐めた。



…………。

毛皮?

舌の感触に違和感があって、私は自分自身の身体を見る。

私の身体には、ミルクティー色の毛が生えていた。手にはピンク色の肉球が、下半身には太い尻尾が付いている。そんな私の全身をクロードは丁寧に舐めていく。

これは……、猫のグルーミングだ。



どういう訳だか、私は――猫になっている。



ぺろぺろと舐められながら、私は過去にクロードが言っていた事を思い出していた。

獣人は眷属を作る事が出来る。

あの時のクロードはその気は無いと言っていたが――、王宮での私の様子を見て、改めて獣人に引き込もうとしてこんな事をしたのだろうか。

クロードと話そうとして口を開けるも、私の口からは猫の鳴き声がするばかりだ。




「……ふむ。まだ眷属になってから時が浅いと、人の身のように言語がうまく使えないのか。まあ、いい。私が目を離さなければいいだけの話だからな」


クロードはくゆりと尻尾を揺らして、前足で私の身体をむにむにと揉んだ。私の全身を検分するように見つめながら、クロードは口を開く。




「猫の身体にすると、お前は存外小さく、弱い。これで既に成人していると考えると、強くなる見込みがないな。――だが、私と共に在れば問題ない。私は臣下と定めた者は傷が付かないように守る。かつてお前が私にしてくれたようにな」

「……、ううー」

「なんだ。不満なのか?」



こんな事は望んでいない。私は尻尾をぶんぶんさせたり前足を威嚇するように掲げたりして、必死にクロードに訴える。

クロードは首を傾げて考え込んでいるようだ。




「……妙だな。アーサーから解放してやったのに、今のお前は前よりも不満があるように見える。私とアーサーと、何が違うというのか……」

「にゃー、うー」

「……そういえば、お前とアーサーの所に行った時、ずいぶん熱に浮かされたように奴を見ていたな。アーサーもお前をその目で見ていた。この姿になっても、あの熱が恋しいのか。――なら、私はそれを叶えよう」

「……、う?」

「人間がどのように愛情を発散するかは知識にある。臣下を満足させる為と思えば、私が面倒を見るのもやぶさかではない」



そして、ゆっくりとクロードの顔が近づいてくる。

……愛情?

発散?

クロードに人間と同じような感性があるのかはわからない。でも、人間の行動をなぞる事は出来るという事か。

私が愛情に飢えていると判断したならば、クロードがアーサーの代わりに愛情を……。



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