第32話 これにて契約は終了です
アーサーの部屋で一夜を過ごした後から、アーサーと顔を合わせるごとにあの日の続きの話をされそうになった。
私はそれを押し留めて、伝えた。
アーサーが猫と触れ合える可能性がある事を。
ついに、その日がやってきた。
時間前に、改めてアーサーに確認した。
「……本当に、大丈夫ですか?体調は問題ありませんか?覚悟は出来ていますか?」
「あ、ああ。……それにしても、王宮の森に獣人が住み着いているというのは、驚いたな……」
アーサーにクロードの話をしたとき、まずその確認をされた。私は頷き、彼の懸念を払拭するように説明した。
防護の結界が緩くなっていないか確認してもらって、結界自体はその効果を保っている事。クロード以外の獣人はいない事を確認した事。
「結界を保つ魔力には限界があって、部分的に結界の魔力が弱まってしまう事があるという事なのかな。国を守る立場としては少し気になるが、まあ王宮に危険が及ぶという程の事ではないか……」
「はい。それに、クロードは災厄で出てくる獣と違って、無闇に人を襲ったりはしません。ただ、猫らしく、人に完全に従順という訳ではありませんが……」
「ああ。猫の獣人というならばそれは織り込み済みだ。むしろ、大歓迎だよ」
「……ですが。クロードは魔法も使います。突然攻撃される可能性も考慮するべきかと……」
「では、襲われても問題ないように防御を強化しておこう。しかし……今までクロードは君の事を攻撃した事は無かったのだろう?なら、信頼に足る相手だと思うがね」
アーサーはそう言って笑っていた。
そして、私は鞄の中に猫の姿のクロードを収納してアーサーの私室の前にいる。
警告するべき事は警告した。後は、本人同士がどう行動するかにかかっている。
時間になって、私はアーサーの部屋の中に入った。そして、鞄からそっとクロードを出し、アーサーと対面させた。
「――クロード殿。俺はアーサー・シャルトルーズと申す。ベルリッツの第三王子であり、猫を愛するものだ。いつか猫と暮らしたいと思いつつ、俺の体質上それは叶わなかった。だが、ミーシャの取り計らいで、君に会う機会を得た。……もし、君が構わないのならば、どうか触れさせて欲しい」
恭しく挨拶をするアーサーと、猫の姿で対峙するクロードを見つめて、私は念じる。
……お願い。
クロードは乞われて王宮にいる訳ではない。彼に無理強いする事は出来ないけれど、でも、アーサーにとっていい結果になって欲しい――そう思いながらじっと見つめ続けた。
やがて、クロードはアーサーの前までゆっくりと歩き、ころりと床に転がって鳴いた。
「なぁうー」
「……!!み、ミーシャ。これは……」
「ええ。撫でてもいいと言ってくれていると思いますよ」
「そ、そうか!では……君の慈悲に甘えて……」
アーサーは震えながら一歩一歩足を動かし、クロードの前に跪いた。そして、指を差し出し、クロードの毛皮にもふりと指を埋める。
瞬間、アーサーの全身から輝きが溢れた。
「おっ……、お、おおおお!こ、こっ、これは……すごいな!ふかふかで、ふわふわで……暖かくて、優しい手触りだ。ミーシャと並ぶくらいだぞ。クロード……君はベルリッツ一の男前だ!」
「んなぁー」
「鳴き声も美声だな!録音して毎朝の目覚ましにしたいくらいだ!もっと聞かせてくれ!もっともっと!」
彼らを見つめて、私は安堵する。
――良かった。
アーサーが喜んでくれている。
クロードの反応が一番気になっていたが、彼はアーサーの愛情表現を受け入れてくれているようだ。
アーサーは食事も寝床も最高級のものを用意するだろうし、クロードにとって良い環境である事は保証される。これから彼らは穏やかな生活を過ごしていけるだろう。
だから……。
「良かったです、殿下。これで――私の契約は解除しても問題ないですね」
「……なに?」
おもちゃを持ち寄ってクロードに一心に視線を向けていたアーサーが、私の言葉を聞いてこちらを向いた。クロードに触れるのを一旦止め、私に詰め寄ってくる。
「……どういう事だ。クロードとミーシャの契約と、何の関係があるんだ?」
「クロードは私よりもずっと本物の猫に近いです。なら私がわざわざ王宮に残る理由も無いと思います。私がいると、嫌な噂が立ちますし……」
「いや、それはおかしい。君が決まった期間ここにいるのは契約で決まっている事だ。今更変えるのは……許したくない」
「しかし、それは――」
「――もういい」
私達の言い合いを止める声がした。
クロードが人間の姿になり、ソファに足を掛けて座っている。床にはアーサーがクロードのために持ってきたおもちゃが置いてあったが、クロードは長い足でそれらを蹴飛ばし、ソファから立ち上がった。
「私に対する礼は及第点であったが、私の臣下に対する礼を失していたな。そのような者のもとにいる事は出来ない。ミーシャ。帰るぞ」
「……クロード殿。帰るとは、どういう事だ。何故君がミーシャに命令をする。いくら君であっても、ミーシャの事は……」
「――殿下!今おられますか。緊急の連絡が軍からありました。急ぎご準備を!」
「!」
私達のもとにハイネさんが飛び込んできた。私とクロードを訝しげな視線で見つつ、急いでいるのかアーサーを連れて部屋から飛び出していった。
彼らを見やって、クロードは呟く。
「あの男は……何をしに行ったんだ?」
「災厄が発生したんだよ……。災厄に対抗出来て消せる人間は、アーサーしかいないから……」
「他の人間は使えないのか?」
「うん。だから、アーサーが災厄の現場に行くしか無いの……」
「……ふん」
クロードが呟いて手をぬるりと上げた、次の瞬間。
その掌には光が溢れていた。
黄金の――光。
魔力を使えばそれに伴った反応がある。それについては心得ていた。
だが、金の光は滅多に見られるものではない。それは対災魔法を使った時にしか現れないものだといわれているからだ。
つまり……。
クロードは……対災魔法が、使える?
どうして、クロードが。
……。
そういえば……。
ベルリッツの神話では、太古の昔、神と人とは同じ性質で、戦争によって神と人とが分かたれたと説明されていた。昔は神も人も獣も同じものなのだったと。
神は世界に別れを告げて、現在に至るまで人と獣は生きることになった訳だが……。人間に変身出来る獣人であるクロードは、本当に太古から連なる種なのかもしれない。
王家は天上にいる神と契約をすることで対災魔法を得るが、クロードにはそういったものなしに同じものが使える――、そういうことなのか。
考えているうちに、私の頭の中にこれまで過ごした時間がぐるぐると巡り、胸が痛む心地がする。クロードは良くも悪くも正直なのだと、そう思って過ごしてきたけれど……。
「――クロード」
「なんだ?」
「貴方は……対災魔法が使えるの?いつから?私が殿下のことを話した時も、わかっててずっと隠していたの?」
「ああ、そうだ。人間はそんなにも回りくどい事をしないといけないのかと、心の中で呆れていた。私にはもともと備わっているものだというのに……」
……そうだったのか。
どうして、クロードは何も言ってくれなかったんだろう。
私は彼と信頼関係を築けていたと思っていた。実際はそうではなかったのか。
…………。
そういえば。
猫に関する本について、こんな情報を読んだ事がある。
猫は賢く、人間の話す事も理解している。
だが、人間の命令を聞くとは限らない。命令をわざと無視する事もある。
故に、人間が犬のように猫をパートナーにするのは難しいのだと。
この傾向が、猫の獣人であるクロードにも当てはまるのだとしたら……。
クロードは、私の狼狽えを物ともせず、落ち着いているようだ。
「まあ、仮に私に魔力が無くとも、私は王だ。価値ある王だ。……ミーシャ。お前もそうではないのか」
「……わ、私?」
「お前はどうやらあの男に働かされているらしいな。あの男はお前の意志を無視してここに留めようとしている。だが――そんな事をする必要は無い。お前は私の側近として仕えているだけで十二分に価値あるものだからな」
「…………」
「ミーシャ。森へ帰るぞ。……今度は、王家の近くに居を構えたりなどしない。もっと住みよい場所を探すとしよう――」
「――、だめ。私は行かない。クロードが気に入らなかったのなら、ここにいる必要は無いけど……でも、私は違うの。殿下と話し合わないと――」
「何を言う。散々話し合った末に今があるのではないか。……行くぞ」
「――!」
クロードの言葉の後、彼の手に強い光が灯った。その光は私の目を焼いて、耐えきれずに目を瞑った次の瞬間、私は意識を失ってしまった。
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