第30話 もふもふは全てを解決する

明るい陽の光を浴びながら、私は目を開く。

――朝になった。


以前聞かせて貰った事だが、アーサーは寝起きが悪いらしい。

でも、自分には公務がある。きちんと目を覚ませるようにならなければいけない。だから自分の部屋を一度変えて貰っている。朝に陽の光を浴びられる角度に調整してもらった。

神が持っていくのが自分の寝起きの悪さなら良かった――そう冗談めかして言っていた。

その本人のアーサーは、今は私の横ですやすやと寝入っている。昨晩私の髪を撫でているうちに、そのまま寝てしまったのだろう。このソファは寝台にしても問題無く疲れが取れるくらいに寝心地が良かった。


…………。

しまった。

我に返った私はこそこそと部屋を出て、廊下に誰かいないかきょろきょろと見渡した。幸い誰もいない事を確認してから、さささと洗面台のある場所に向かって顔を洗い、そして私の自室へと戻る。


……アーサーの部屋で夜を越してしまった。

早朝にアーサーの部屋から女性が出てきた事を知られたら騒ぎになるだろう。特にリズリーに見つかったら大変な事になる。



これを直接言ったら怒られてしまいそうだけど、リズリーは猫っぽい印象があるのと同時に、どこか小動物的な印象も受けるのだ。

小動物というのは衝撃に弱いものである。想い人であるアーサーのところに私がいたと知られたらショックで具合を悪くするかもしれない。それは避けたかった。

リズリーは私に対して厳しい態度を取っているけど、アーサーを想うが故の裏返しという事もあるかもしれない。アーサーの為にもリズリーには満たされた暮らしをして欲しいと願ってしまう。



災厄の発生が落ち着いたら、近い未来にアーサーも懇意な相手を探す事になるかもしれないし、その相手がリズリーという可能性は高い。

リズリーは自分の意見ははっきり言う性格だ。今はフォンテーヌ家及び王家に忠実に生きているようだが、アーサーが自分を犠牲にする人間だと知ったら他の人にしっかり抗議して彼を守ろうとするかもしれない。

身分のしっかりした相手と結びつく方がアーサーにとってもいいだろう。



アーサーの望む猫との生活は難しいだろうが、リズリーはあのように美しい髪の持ち主だ。婚姻してから何度でも触らせてもらえば、猫に触れている感触を得る事も出来るのではないだろうか。かつて懇意にしていたミーコとは多少感触が違うかもしれないが、猫にだって短毛種や長毛種など様々な種類がいるのだ。きっとアーサーもいつか慣れる事だろう。



――私の代わりなんて、きっといくらでもいる。

いつかアーサーもこんな日々は忘れてしまう。



「……。……うっ。うう……」

――どうしてだろう。

アーサーが幸せになれる未来について考えている筈なのに、何故だか私の涙は止まらなかった。




暫く寝室で眠りについて、そして数時間後にぱちりと目を覚まして、そして考える。

……いつまでもこうしている訳にはいかない。

アーサーとは妙な触れ合いをしてしまったが、あれは一時の迷いであると思わせないと。

アーサーと触れ合う事は契約で決まっているのだから、早めに戻らないといけない。

……また会ったら、今度は出来る限り何事もなかったかのように振る舞おう。

契約した期間はまだ残っている。契約が終わるその時までは、問題を起こさないようにしよう……。

そう考えながら、私はそっと部屋の扉を開けた。

そこにはアーサーがいた。



「うわぁっ!?」

「あ、ミーシャ。ここにいたのか。よかった」


私は動揺して思わず情けない声を出した。そんな私には構わず、私の姿を捉えたアーサーの周りにぽわりと淡い光が浮かぶ。


「……で、殿下。どうされたのですか!?」

「いや……。朝になったら君がいなかったものだから。脱出ではないとはわかっていても、心配してしまって……。ここに立っていれば絶対に会えると思っていたからな……」

「す、すみません。いくらなんでも、朝に殿下の部屋から出る所を見られるとまずいと思いまして、こっそり部屋を抜け出しました……」

「そ、そうか……。だが、仮に……」

「……?」

「誰かに見られたとしても構わない……そうは思わないか?ミーシャ」

「いや構いますよ!」



思わずアーサーに突っ込んでしまった。

……やはり、アーサーは私の事が前まで以上に猫そのものに見えているのではないか?髪に触らずとも、私を見ただけで魔力が上昇するようになっているみたいだし……。


それ自体は良くとも、周りからアーサーがおかしくなったと思われるのは彼にとって良くない。妙な方向に行き過ぎるようだったら止めないと。

アーサーは少し困ったような表情になって呟く。



「いや、しかしだな……。俺が思うに……、……。いや。こんな廊下で話すのもよくないな。……ミーシャ。俺の部屋に来てくれるか」

「は、はい」



私はアーサーの言葉に従って、彼の私室まで一緒に行った。

部屋に入るなり、アーサーは私の肩を抱き、頭を撫でてくる。


「……、で、殿下。ごめんなさい……ちょっと力が入っていて、痛いです……」

「あ!す、すまない。少し性急になってしまった……。少し落ち着いてから話そう。頭を冷やすようにするよ……」



アーサーは息を吐き、私を解放した。そして、ベッドに座って、何かを繰り返し握り込んでいるようだ。


…………。

……あれはなんだろう。

筋肉を鍛えるために握ったり離したりする器具もあるという。だが、アーサーの様子を見るに、そんな事はなさそうで……。


「……あっ!」



私はある事に気づいて、動揺の声を出した。

――あれは。

アーサーの手の中に、見知ったものがある。

あれは――私が荷物の中に入れておいたクロードの毛玉の編みぐるみだ。

黒と白が混ざった毛玉が何故かアーサーの手の中にある。


……そうか。

森から帰って王宮で色々やっているうちに、知らず知らずに毛玉を落としていたのかもしれない。それをアーサーが拾ってしまったのだ。


ベッドに座ったアーサーは、毛玉をふにふにと触っている。

――まずい。

以前猫の毛でぬいぐるみを作ったときは、猫の呪いの影響でアーサーの魔力が低下していた。今回もそうなってしまったらことだ。

彼を止めないと――と口を開く前に、アーサーは感極まった声を出す。



「ああ、ミーシャ。これが気になるか。廊下で拾ったものなのだが……。これは凄いぞ。この手触りは……!まさしく……猫!」

「…………」

「ミーシャに以前猫の毛で作ったぬいぐるみを貰った事があるな。俺の体質のせいであれを愛でる事は出来なかったが……。リアルさでいえばこれは以前のものにも劣らないかもしれない……!後で落とし主を探しに行くが、これをどこから手に入れたか聞かせて欲しいものだ……」

「…………」



アーサーは熱に浮かされたようにムニュムニュと毛玉を握りしめている。

そんなアーサーに、私はそっと進言した。



「……殿下。それについてですが……それは私が作ったものなのです。王宮を歩いているうちに落としてしまったようで……」

「そうなのか!?……ミーシャはとても器用だな。しかし、そうなると、勝手に拾ってしまって申し訳ない事をした。これは返すよ」

「いえ。もし良ければ、殿下にプレゼントしたいです」

「ほ、本当か!?ありがとう。災厄の討伐に行く時も常に携行したいくらいだ……」

「――殿下!」

「ん?……すまないミーシャ、ちょっと待っていてくれ」

「あ、はい。…………」




話し込んでいるうちに、アーサーの部屋に訪れる者がいた。アーサーは出かける用事が出来たようで、手早く部屋を後にした。クロードの毛玉もちゃっかりと荷物に入れていったようだ。



アーサーの反応を見て、私は頭の中で考える。


以前猫の毛で編みぐるみを編んだ時、抜けた毛であっても彼の魔力は低下し、力が抜けていたようだった。だが先程のアーサーは全くそんな事は無く、猫の編みぐるみを握って見つめてはデレデレしていた。



……もしかして。

アーサーは呪いによって猫を遠ざけざるを得なくなった。

だけど、獣人はその呪いの対象には入っていないのか……?


獣人というのは非常に希少な生き物らしい。多くの人には伝説上の生き物と信じられている。だからアーサー自身に猫の獣人と触れ合うという発想が無かったのだろう。



……クロードをアーサーと会わせたらどうなるだろう。

私みたいな紛い物とは違う、本物の猫だ。

いや、正確には猫ではないんだけど、でもほぼほぼ猫といっていいだろう。

――クロードを連れていけば、アーサーの望みは叶うのではないか?

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