第三章 私、猫のままでいいんでしょうか?

第21話 アーサーの様子がおかしい

今日の天気は曇り、雨。

目覚めて窓の外の様子を見たところ、今日の王宮は雨で烟っているようだ。


最近の王宮は晴れの日が多かったから、恵みの雨だといえるけれど……。

少し気になるのは、王宮の森にこっそりと住んでいるクロードの事だ。

基本的に猫は自分の身体が濡れる事を避ける生き物だ。家で大事にされている飼い猫であっても、お風呂に入ってずぶ濡れになるのは強固に嫌がる者が多いという。

この雨の中で、クロードは大丈夫だろうか……。


……まあ、クロードは今まで色んな所に移り住みながらこれまで過ごして来たんだ。加えて人間のように魔法を使う事も出来る。雨が降っているとはいっても小雨だし、私が殊更心配する必要は無い、のかな。

うん。

今日はいつも通りに過ごそう。

そう考えて、私はアーサーの部屋へと行った。



「あっ」

「ああ、ミーシャか。おはよう」



アーサーの部屋に行くと、アーサーがいた。机に姿勢よく座り、机の上には厚みのある本と紙とペンがある。本を広げて勉強しているようだ。

今日はアーサーの予定が決まっていない日だった。そういう日にアーサーの部屋に行っても彼は不在で、私は部屋の中で待っている事が多かった。

今日は朝からいるという事は、他に予定が入っていないという事なのだろうか。



私が不思議に思っているのが伝わったのか、アーサーは私を見つめて口を開いた。

「早い時間からここにいるのは珍しいだろう?今日は公務は入っていない。だから、勉強を進めるつもりだ」

「勉強……」

「現代史や地政学の勉強だ。以前も自学習をした事があるのだが、この手の知識というのは日々新しくなるものだからな。本の全てを暗記するのは難しいだろうが、ポイントを分けてメモをとって、専門家にこの理解で問題ないか見てもらうつもりだ」



アーサーの言葉を聞いて、私はかつて通っていた学校の事を思い出す。

前世でも今世でも、学校に聞いて授業を聞くだけではなく、理解度を確認するための試験が出された。王族であってもその義務は課されるという事か。

……否、王族だからこそ高い能力を求められるという事なのだろう。



……!



アーサーの話を聞いていた私は、ある事に気がついた。

これは――『フリ』だ。

以前アーサーが勉強に集中するといって本を開いた時は、私がいつ邪魔に来るものか、そわそわしながらチラチラとこっちを伺っていた。私は猫としてここにいるから、猫に作業を邪魔されるというシチュエーションを欲しての事だったのだろう。

そして、アーサーがこの部屋にいるという事は、常にそういうシチュエーションを欲していると考えて間違いはない。



そうだ。

――私は猫だ、猫なのだ。

今ばかりは人としての心は捨てよう。猫として振る舞って、アーサーの心を癒やすのだ!


そう決意して、私は机にいるアーサーのもとに近づき、本の開いているページにずしりと片腕を乗せた。そしてアーサーをじっと見つめる。

邪魔されたアーサーは勉強する手を止めて私の事をじっと見つめ返し、そしてゆっくりと私の手を取り、口を開く。


「――こら」

「え」

「今は本当に勉強をしなければいけないんだ。ミーシャはこっち。な?」

「え、ええ……?」


少し困ったように微笑んだアーサーは、私の手を取ったままそっと立ち上がり、部屋の中のふかふかのソファに私を乗せた。私の頭をふわふわと撫でた後、机に戻っていって真剣な顔になる。勉強を再開したのだろう。


…………。

今の一連の流れを咀嚼して、私はどうも自分がやらかしてしまった事を察する。

アーサーは、本当に勉強したかったんだ……。

私のアーサーへの邪魔は、本当に邪魔だったんだ。



……私は何をやっているんだろうとずーんと落ち込む。

いや、でも、以前は確かにこのやり方でアーサーは喜んでくれたんだ。今回駄目だったのはどういう事だろう。


思えば、こういう風にアーサーと私との行き違いがあったのはこれが初めてではない。

聖堂でアーサーと過ごした日の後から、少しずつこんな事が増えた気がする。

人と猫が過ごしている時だって互いにすれ違う事は沢山あるだろうから、ポジティブに考えれば私は猫役を立派に務められるようになったんだろう。

……でも、アーサーの猫役としては?

必要以上に邪魔してくる猫、それも実際は猫ではないとなれば、邪険にしたくなるのが自然なのではないか。



……これ以上アーサーの邪魔をしないようにしよう。

私はすごすごと部屋を出ようとした。

――扉を開けようとしたところで、鋭い声が飛んでくる。



「ミーシャ。どこへ行くんだ」

「えっ」

「今日はずっとここにいたいと先程言っていただろう。あれは嘘だったのか?悲しい嘘は付かないで欲しいものだ……」

「……だ、だって、殿下は勉強に集中したいのでしょう?」

「それはそうだが、何も他の場所に行くことは無いだろう。本を読んでいてもいいし、自由に遊んでいてくれていいから、ここにいてくれ」

「そ、そうなんですか……」



私は首を傾げながらも、言葉に甘えてソファにごろごろする事にした。ここはソファに加えてふかふかのクッションやブランケットが置いてあるから、寝転がっているだけで身体中が芯から癒やされていく感覚がする。



ブランケットを身体に巻いてうとうとしていると、私の頭を撫でる感触がした。その指は私の髪を手入れするような動きをした後、暫くしてから去っていく。

アーサーが休憩がてら私を触りに来たのだろう。

僅かな時間の間にも私を引き止める為に来たのかと思うと、私は微笑ましい心地になる。



――アーサー・シャルトルーズは、災厄と戦う英雄で、王家の子息として相応しい人物である。

王宮にいる時に聞いた評判であり、私もそれに異論はない。

だが、アーサーにはそれだけでない面もある。

そんな所を知っていくのが、今の私にとってはとても楽しみだった。

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