第11話 猫の研修
仕事を始めるためには、適切なやり方を知ることが必要だ。
私の場合は、猫になりきらないといけない。
アーサーが言うに、ミーシャはそのままで猫の純度が高い、無理に猫らしさを高める必要はないとの事だけど……。
それでも、このまま何もしないのは気が引ける。
前世のアルバイトの面接の時だって、志望動機だとか、学校で普段はどんなことをしているのかとか、色々聞かれたのだ。この王宮を出て行く時、空白期間に何をしていたのか問われて、何もしていなかったと縮こまるような事態は避けたかった。
猫を飼えない人のために猫の真似をしていたというのは、言ったら引かれる可能性が高いから適度に誤魔化すつもりだけど……。
それでも、全力で猫役を務めれば、自信がつくはずだ!
――ということで、私は王都のとある店に来ている。
ここはペット用品を扱う店だ。猫や犬や鳥がパッケージに描かれた動物用の食品や、ブラッシング用のブラシなど、動物を飼う為に必要な道具が売られていた。
この店は自宅で動物を飼う人にとっては役立つことだろう。
――だが、私にとっての本命は併設されている施設だ。
ここには猫や鳥を室内で遊ばせ、人間がそれを眺めたり、時には一緒に遊ぶことも出来るスポットもあるのだ。前世でいうところの猫カフェのようなものである。
私はお金を払ってそこに入った。
「あら、いらっしゃい。猫たちは無理やりのお触りは厳禁だよ。特に寝ているときはゆったりと寝かせること。おやつをあげたい時は追加料金がかかるからね」
「はい、わかりました」
私は説明を聞いた上で、店の中を見た。
店の中には本棚や座って団欒出来るスペースがあった。ここで人間に交流を図ってもらいつつ、猫とも触れ合ってもらうというつくりなのだろう。
私はじっと部屋の中を見た。
……。
私の目には普通の部屋のように見える。
猫が、いない?
いや。
よくよく見たら、白くて丸い綿毛のようなものや、茶色がかった丸いクッションのようなものがそこかしこに転がっている。
あれは、猫だ……。
わかりづらかったけど、よくよく見るとここには猫がいっぱいいる。
私の心が癒やされていくのを感じる。
――いや、いけない。
私はここに癒やされたくて来たわけではない。猫の動きを勉強しに来たのだ。
しかし……今のところ、猫たちは寝ることに集中しているようだ。
ぽわぽわの毛玉が寝息に従って膨らむ様は、見ていてとても和むけど……。
正直なところ、これだと何の参考にもならない。
――仕方がない、か。
「すみません、店員さん。おやつを購入できますか」
「猫用おやつだね。いいよ。ここを開けてみな」
「は、はい。……あっ!」
おやつは缶詰に入っていた。パキッと封を開けると、その音を聞き逃さなかったのか、猫たちが一斉にこちらにぐるりと向く。そしてゆっくりと身を起こし、私の周りに近づいてきた。
複数の猫に囲まれてしげしげと見つめられていると中々迫力がある。
同時に、私の心は期待に溢れていた。
――猫がおやつを食べるところを見られるのだろうか。
今まで猫を飼いたいと思うことはあれど、経済的な事情で飼うことは出来なかった。飼えもしないのに餌をやるのは無責任だから、野良猫に餌をあげるようなこともしなかった。
ご飯をあげて猫に懐かれる――というのは、ある種の夢なのだ。
琥珀色や青色の目をした猫たちがじっとこちらを見つめている。この子たちは毛の短い種類のようだが、栄養状態がいいのか毛皮はふくふくしている。私のおやつを食べてもらって、礼に撫でさせてもらえれば、どんなにふわふわした心地を味わえることだろう。
猫たちは、鼻を近づけて私のおやつの匂いを嗅ぎ――
暫くして、ぷいっと顔を背け、もとの場所に戻って再び睡眠を貪り始めた。
「あ、あれ……!?」
――課金したのに思っていたような成果が得られなかった。
その事実に呆然としていると、店の人が話しかけてくる。
「むう。うちの子は舌が肥えているからね。並大抵のおやつでは食いつかなくなったか……」
「動物のために使ってくれと多額の募金が入ったので、しっかり還元しようとおやつを高級にしたのは失敗だったかもしれませんね……」
「……募金?お金を寄付する方がいたんですか」
「ああ。なんでも家の事情で飼うことは出来ないが、猫の事を生き甲斐のように好いている人がいるようでね。匿名で募金をしているようなんだ。手紙も貰ったけど、中々情熱的でね。見るかい?」
「わ、いいんですか?」
私は店の人に手紙を見せてもらった。手紙の中には猫に対する愛情と、自分では飼えない悲しみと、猫の世話をする人に対しての感謝の意が述べられており……。
…………。
というか。
これ、アーサーの字じゃないか……。
アーサーの私室で彼のメモを見た身にはすぐにぴんときた。
……アーサーは、自分が触れられない分、お金を寄付して猫のために使ってもらおうとしていたんだ。
「ここまで募金するような人だと、店に来たら無限におやつが買えそうなもんだけどねえ」
「もう王都にはいないのか、店に来る事も出来ないくらい忙しい人なのかもしれませんね」
「なら募金してくれた人の分、うちの子たちにはたっぷり寝てもらうことにするかね」
店の人達の会話を聞いて、私は思わず微笑む。
今店の猫達がすやすやと眠っているのはアーサーの影響と考えると、この光景もより尊いものに見える。
……アーサーをこの店に連れて来られたら良かったのに。
彼の話によると、以前猫のいる店に訪問しようとしたら威嚇されてしまったという話だ。
それに、魔力が弱まってしまうという問題もある。
だから、アーサーをここに連れてくる事は出来ない。
ベルリッツの写真技術は前世の日本に比べるとまだまだ発展途上で、式典など大事な場面では写真撮影が行われるけど、日常的に気軽に撮れるものではない。もし私がカメラの類のものを持っていたら、いっぱい猫を撮影してアーサーの手土産にしたい所だったけれど……。
…………。
そうだ。
私はある事を思いつき、そっと店の人に確認した。
「……すみません。もしご迷惑でなければ、この店で欲しいものがあるんですけれど……」
「何だい?……、……。はあ、なるほど。別に構わないけれど、一週間はかかると思うよ」
「構いません!」
私はある約束を取り付ける事に成功して、浮足立った気持ちで店を去った。
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